動物王国コルケ(5)

「……クジャクさん、お名前は?」

「名前か、そんなものは人間族が独自に編み出したものであるゆえ、吾輩には無用のものである、だが、愚かな人間は名が無いと困るというので敢えて吾輩を形容するのならば、みなは吾輩を男爵と呼んでおる、男の中の男という称号だ」


(少し男爵の意味を間違えてる気がするけど、爵位があるんだな……)

「……そうか、ここ王国だったね、王様がいるんだ」

「あ、そうか王様がいるなら貴族もそりゃいるのな」

 それにしても初めて出会う貴族がクジャクだとは思わなかったのだが。


「もう一つわかった事があるよヘル」

「……なぁに?」

「動物の方が身分が上なのに、食べるために処理していい理由、動物同士なら問題ないんだよ、このクジャク男爵みたいに」

「……そういう理屈なの?」


「ありゃー、バレちゃいましたか、驚かせようかなって思ってましたのに」

 そんな理屈でいいのかと首をかしげるヘルなのだが、馬車を進めるガイドの少女は苦笑いしながら肯定ともとれる答えをした。


「……本当に動物がやってるからオッケーなんだ」

「はい、たださすがに解体などという作業は動物種の手足じゃ難しいんですけどね」

「……だったらどうやって……そっか、獣人かな?」

「そこまでわかっちゃいますかっ!」

 どうやらヘルの簡単な推理は正解らしい。


「まあ、獣人だから身分が良いってわけじゃないんですけどね、猫耳とか尻尾だけなのは半端者って言われて肩身が狭いですし、クジャク男爵様みたいに完全に鳥だと今度はお仕事がしにくいので」


「人聞きが悪いぞガイドよ、確かに吾輩は汝らのように手先を使って何かをするということは不可能である、なにせ小手先どころか腕なぞ無いからな!」

(そりゃクジャクだもんな……)


 鳥類なので腕から先は翼に進化していて、飛ぶことはできても物を掴む手はない。

「だからこうしてお客人をもてなすことで仕事をしているわけだよ」

「はい、失礼致しましたクジャク男爵様っ!」


(もてなすとは言っていたが、餌を求めてたよな)

 もてなす側が食事を求めてどうするのかと脳裏によぎったが、クジャクという綺麗で人気がありそうな動物とコミュニケーションがとれ、さらに手で餌を与える事ができるならば観光客は喜ぶだろう。


「それで、餌はくれるのかね、お客人よ」

「……チップの代わりにあげてもいいか、ガイドさん餌売り場って近い?」

「はい、もうすぐ通り過ぎるのでそこで一旦止めますねっ!」


 馬車は一時停止して餌売り場に到着する。どうやら木造の無人販売所のようだ。

「そこに銅貨一枚入れて、お好きなのを一袋取ってください」

「……じゃあこの鳥用のでいいかな」


 袋の中身は小分けにされた小粒の種に、キャベツやニンジンが入っており、鳥用ではあるが小動物にもあげれそうな内容だ。


「結構入ってるんだな」

「……だね、黒字なの?」

「黒字ですよー、売れないなら普通にばら撒いちゃうので、手渡しで餌をあげれる権利が銅貨一枚って考えて貰えればいいかと」


「……合理的なんだね」

 ヘルは早速手指を手の平に乗せてクジャク男爵に向けると、クジャク男爵は勢いよくクチバシで餌を食べ始めた。


「そう言えば観光客ってそんなにいるのか?」

「今はオフシーズンなんで微妙ですけど、近くの街から休みのシーズンなんかだと結構来ますね、後は旅人さんや行商人がこうやって買い物の合間に寄ってみたり」

「じゃあ今はオフシーズンなんだな」

「そうですね、やっぱり年末年始とかじゃないと」


 再びヘルとエスは馬車に乗り込むが、今度はクジャク男爵だけではなく、餌に釣られてリスやレッサーパンダみたいな小動物にも乗り込んでくる。


「あ、どうせなら餌でもあげてくださいね」

「……わかった」

 森林エリアを抜ける頃には馬車の中は賑やかで、餌を食べた動物達がリラックスしながら寝そべったり、膝の上に乗ったり自由にくつろいでいる。


「……喋るのはクジャク男爵だけ?」

「あの森にいるのでは吾輩だけであるな、まあ完全に動物の外見をして喋れるというのは吾輩みたいな天に選ばれた高貴な者だけであるからして、仕方あるまい」


 誇らしげにクジャク男爵は羽根を広げて見せてくれるが、馬車の中なので小動物達はびっくりして馬車から飛び降りて行ってしまった。


「……うわ、あの子達大丈夫なの?」

「あはは、大丈夫です、勝手に森に帰っていきますし、よくあることです」

 動物達が乗ってから速度を落としているようだったが、こういう事を見越して動物達が飛び降りても怪我をしない速度にしていたようだ。


「おっと失礼驚かせてしまったかな、しかし、こうするとウケが良いのでな」

 羽根を開いたり閉じたりと何度もポーズを変えながら繰り返すので、しぶとく残っていた小動物達もたまらず全部逃げてしまったので残ったのはクジャク男爵だけになる。


「……りす」

「あはは、これでもクジャク男爵なりに気を使ってくださってるんですよ、動物達に、あんまり森から離れすぎると帰るのが大変になったり迷子になってたりするので、わざとやってるんです」

「おい、ネタバラシするでない」


 クジャク男爵は不満気にそっぽを向いて座り込んでしまった。それをヘルが優しく背中を撫でながら、今度は再び牧歌的な草原エリアを進んでいく。


「馬屋はこの牧場エリアにあります、もう暫くは羊でも見てお過ごしください」

「羊も……当然いるのか、本当にいない家畜はなさそうだな」

「離れたエリアではお肉用のワニもいますし、多様ですよこの国は」


 馬車に乗り込んだクジャク男爵はヘルの撫で方が上手だったのか、いつの間にか眠りに落ちて、やることもなくなった二人でのんびりと牧場を眺めながら過ごすこと約一時間。


「大変おまたせ致しました、馬屋に到着です」

 馬車が牧場の前に止まり、ガイドの少女が馬車から飛び降りて馬を近くの柵に繋ぐ。


「本当にガイド雇って正解だったね」

「……うん、ここまで歩くなら道を知っててもちょっと嫌かも」

 数日かけて国と国を渡り歩くヘルであっても、同じ国の中を数時間歩いて、買い物して戻ってこいと言われると、さすがに億劫になるらしい。


「……いっぱいいるね、馬」

「そういや馬の目利きってできるのか?」

「……できないよ、そんなの」


 放牧された馬たちはどれも元気そうで、競走馬と言われるサラブレッドより一回り大きくて筋肉質だ。色は白いものから黒いもの、茶色いものまで数多く、不健康そうなものは見当たらない。


「いりませんよ目利きなんてー、全部責任持って選んでくれますから……もっとも」

 ガイドの少女は牧場にある一軒家の扉をノックして、深呼吸する。


「ちゃんと売ってくれるかどうかは別でしょうけどね」

 ゆっくり小屋の扉が、大きく軋みながら開く。


「なんだ、客を連れてきたのか」

(でかいな……三メートルぐらいか……しかもこれって)


 扉から出てきた人物は、茶色の長い髪をして屈強な筋肉を持つ気難しそうな人間の男性だ……上半身だけならば。

「なるほど、獣人のほうが身分が高いと」

「はい、特にこのお方は牧場の総責任者でもあります」


 彼の下半身は黒く大きな上半身よりも鍛え上げてあるであろう筋骨隆々の肉体を持つ、馬だ。おそらく牧場のどの馬よりも鍛え上げられているだろう。


「ガイド、ここに連れて来たのなら、目的は馬なんだな?」

「はい、馬車が欲しいと仰られております」

「なるほどな、コッチに来るがいい」

 その半人半馬の男はバタンとドアを閉め、一メートルある牧場の柵を助走なしに軽く飛び越えて、エス達を誘導する。


「ケンタウロス……でいいのか?」

「はい、この国でも希少種であるケンタウロスの……オギュスタン様です」

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