動物王国コルケ(3)

「それでヘル、お願いがあるんだけど」


 話しにくい内容ではあるのだが、その時になってから話すのでは遅い話題ではあるし、目の前に美味しいサンドイッチ弁当があるので説明もしやすい。話すなら今がチャンスだ。


「……なんかあった?」

「ガイドってどう思う?」

 チャンスだとはいえ、いきなり本命であるガイドを雇っていいかから聞くのは悪手だろう。とりあえず一度ガイドについて彼女の印象を確かめておく必要がある。


「……ガイドかぁ」

 ヘルは小さく呟いた後、サンドイッチを口の中に入れて目をつぶりながら咀嚼そしゃくし始める。どうやら即答できないぐらいには難しい質問だったようだ。


「…………んー、いいんじゃないかな、値段は?」

「三時間で銀貨五枚だって」

「……普通だね、でも雇うなら一日がいいよ」

「だったら、明日の朝からで」

 予想してたよりもあっさりとガイドを雇うことに決まり、拍子抜けするエス。


「……それで、ガイドを雇いたいってどうして思ったの?」

「ちょっと思うとこがあってさ、やっぱりちょっと反対?」

「……ううん、私からも提案しよっかなって思ってたから、ガイド自体は賛成だよ」

「意外だな、てっきり節約しないとダメって呆れるかなって」

 エスは濃厚なミルクで、パンに吸収された口の中の水分を補う。


「……呆れないよ、もう節約が必要なのはそうだけど」

「じゃあなんで、平和な街だから危険回避の必要もないし」

 治安が悪い場所や、評判の低い国ならばガイドがなければ安全に街を歩けないというのならば、彼女だって反対しないだろう。


「……この国、思ったより広いから」

「そんなに?」

「……窓から外見てみたんだけど、何があるかわからないもん」

 外の様子が気になったので、食事が終わってからエスは立ち上がって窓から外の景色を見渡してみる。


「なるほど、確かにこりゃ自分の足だけで探すのはきつそうだな……」

 見渡しただけでも牧場の広がる草原のエリアに森林のエリア、川も街の中に通っている、更には背が低いとは言え反対側の城壁が二階の窓から見えない。


「……一個ずつ探して歩いたら多分数日かかるよ」

「だよな、だいたいどの動物が居そうだってぐらいなら見えるけど」

 近くには牛や山羊や豚、鶏小屋などの食肉用の家畜が居る牧場ならば見える範囲でわかったが、残念ながら肉眼で馬の姿は確認出来ない。


「地平線の向こうだとして、ここがざっくり五メートルとしても八キロぐらいか」

 この計算方法はこの星が地球と同じぐらいの大きさであることが前提なのだが、細かく求める必要はないので、だいたいあっているだろう。


「こりゃガイドが居ても移動が大変だな」

「……だから必要かなって、旅人組合で聞くのと迷ってたけど」

 旅人組合で案内を受けるという手もあるだろう、こちらはざっくりとではあるが、牧場の方向ぐらいは教えてはくれるし安上がりだ。


「……ねえ、話し戻して良いかな、エスがなんでガイドが欲しいって言ったのか」

「こっちは街で弁当屋探してたら、ガイドいりませんかって言われてさ」

「……それで安請け合いしちゃったとか?」

「いや、値段だけ聞いて今はいいって断ったよ」

 この部屋の窓は国の内側を向いており、ガイドの少女がいた街の内側は見えない。


「けどチップなしで牧場に行ったら弁当があるよって教えてくれたから」

「……ちょっとしたお礼なんだね、いいよその子のガイドで」

「ま、明日も同じ場所にいたらなんだけどね」

 食事を終えたヘルはベッドの上に座り、エスは椅子に座りなおす。


 宿屋の主人は二人が夫婦かカップルかだと思い二人で寝れるキングサイズのベッドを用意してくれたが、エスはこのベッド寝ることはない。エスのスリープモードはどこで眠ろうとも肉体疲労というものがないので関係ない。


「……今日はもう、寝ようかな……」

「いいんじゃないか、俺もスリープした方が節約になるし」

「……そうだね、じゃあおやすみ」

 まだ夕暮れ時だが今日のうちにやることは二人共なく休むだけ。本格的に活動する明日のために、ゆっくりと休むことにした。



 翌朝先に目が覚めたのは珍しくエスの方だった。

「まだ暗いし……ヘルはまだ寝てるな」


 スリープモードにすれば基本的には外部刺激が無い限り起きることはないエスなのだが、何時間後か設定すれば、その時間に自動的にスリープモードが解除されるタイマー機能がある。今回は夕方から日の出までなので十二時間後と設定していたが、日の出すらまだだった。


 さすがに早すぎたのでヘルを起こすわけにもいかないし、外も暗いので開店している店は無いだろう、牧場の朝が早いと言ってもまだ動物だって寝ている時間だ。

「……外に散歩っても夜中に置いて出るのもな」


 こんな時間に外に出かけても、風は気持ちいいだろうし星は綺麗だろうがジョギングするほど健康に気を使う必要はない機械の身体。なにより人の出入りというのは眠っていても気が付きやすい。


(しょうがない、起きるまで待つとするか……こういう時、本が欲しいな)

 彼はヘルの寝顔を見ながら、ゆっくりと待つことにした。


「……ん、おは……ん……んん?」

 それからヘルが起きてきたのは三時間後になってからだ。


「おはよう、寝れた?」

「……うん、寝れたけど……起きれたんだ」

「一応寝る前にどれくらいで起きるかって機能はあるから」

「……そうなんだ」

 ヘルはゆっくりと目をこすりながら起き上がり、エスがずっと見てたことに気づく。


「……ずっと見てたの?」

「見てたって寝顔か?」

「……うん」

「ずっとじゃないよ」

「……見てたんだ」


 顔を赤くしながら布団の中へ帰っていくヘル。男女同じ部屋に泊まることには思うところはあるが、仕方ないと割り切っているヘルだが、さすがに寝顔を観察されたと知っては恥ずかしかったようだ。


「あー、ごめん、なんか持ってこようか?」

「……大丈夫、お互い様だから」

「え?」

「…………」

(お互い様と言ったよな?)


 今のヘルの発言は彼女がエスの寝顔を観察していた事の自白ではないだろうか。

「ヘル、もしかして……」

「着替えるっ!」


 布団の中からヘルの叫び声がする。

「わ、わかった」


 さすがに女性に着替えると言われては部屋の中に居続けるわけにはいかないので、エスは部屋から出て扉の前で再び待つことになる。


(見てたんだな、あの反応は)

 ただ強引に誤魔化したこの手法により、ヘルが見ていたことが確定となり、エスは苦笑いするしか無かった。


 そこから着替えと準備には約三十分ほど。

「……おまたせ」


 控えの部屋で水浴びをして、いつもの服に着替えたヘルが宿の部屋から出てくる。

「じゃあ行くか」

「……うん」


 二人共今朝の出来事には敢えて触れない。話せばお互いが不利になり気まずいだけなので、暗黙のうちに知らなかったことにした。


 宿の店主に鍵を返し、追加で料金が無いことを確認して無事チェックアウトする。これからの目的はまず、昨日のガイドを見つけることともう一つ。


「お腹減ってる?」

「……うん」


 安宿だから朝食がないので、朝ごはんも食べる必要がある。昨日は弁当を食べはしたが、それからすぐに休んでしまったので、一食抜いているような状態だ。エスは大丈夫だとしても、ヘルは能力が下がるぐらいには空腹なのだ。


「……いる?」

「うーん、見当たらな……いや、居たな、おーい!」


 エスは最初見つけられなかったが、旅人組合の近くで暇そうにベンチに座っている少女を見かけ、彼女に聞こえる様に声をかけた。


「……うん、あっ……昨日の人っ!」

彼女もそれに気づいたのか手を振りながら駆け寄ってくる。


「……可愛い子だね、ああいうのが好み?」

「嫌いではないかな」


駆け寄ってくる少女を見て、ヘルは「ふぅ」とため息をついた。

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