動物王国コルケ(2)

 エスが一人きりで自由に国を探索するのは実質初めてとなる。

「トライじゃ組合に行ってからずっと二人だったな……」


 二人で行動するのが嫌なわけでは決して無いし、基本的には誰かと旅をする方が好きなエスではあるが、一人旅が嫌いな訳では無い。


「さてとコンビニ……はないか、弁当屋か持ち帰りの店があればいいけど」

 宿屋から出て見回してみるが、目立った場所は城門と旅人組合に案内所しかない。


「うーん、最悪旅人組合で食事は購入できるだろうけど味気ないな」

 旅人組合で頼むならば安定した品質は確保できるかもしれないが、全世界にチェーン展開しているお店に行くようなもので安定感はある。だが統一された基準というものは、どこで頼んでも一緒というのがどうしても付きまとうので、最初に食べる物はその国特有の物にしたいと考える。


「最終手段なんだよなチェーン店って……まあ旅人組合で食べたことないんだけど」

 しかしどれだけ見渡しても飲食店らしき建物は見当たらないし、弁当屋のカートも歩いたり露店を開いたりもしていない。街の奥にいって店を探すにしても、宿屋に待たせているヘルを長く放置したくない。


「仕方ない、一度組合に行くしか無いか」

 もしかすると旅人組合でもご当地グルメは食べれるかもしれない。少なくともトライではヘルが食事を取っていたし、持ち帰りの料理があるのは知っている。


「……チェーン店でもオリジナルメニューがないと決まったわけじゃないしな」

 あるかどうかわからない弁当屋を探すよりも、確実に手に入る方がいい。そう思い直してエスは旅人組合の建物へと足を運ぶ。


 そうして旅人組合へ歩いている途中だった、真っ白いバンダナをした茶髪でショートヘアーの少女が話しかけてきたのは。

「すいません、旅人さんですよね、ガイドいかがでしょうか!」


「ガイドか……」

 ガイドとは現地での案内をすることを仕事にしている人で、観光名所の場所や由来だったり、どこに何があるかを教えてくれる。


(ただ現地で声掛けしてるガイドって、後でボッタクられたりするんだよな)

 この可愛らしい少女がそういう詐欺まがいの事をしてくるとは限らないが、人は見た目によらないし、腕っぷしなら魔法でどうにでもできる。ヘルがいい例だ。


「いや、今は宿屋に人を待たせてるので」

「ぬ、では今日はお休みで、明日からのご活動ですか?」

「そうなるね」

「では、是非とも明日の観光では私をお雇いください、安くしときますよ!」


 商魂たくましいなとは思うが、この少女は清潔感があり、爽やかで嫌な印象は受けない。この子のガイドならば、さぞ人気があるだろう。


「……いくらぐらい?」

「三時間で銀貨五枚です!」

「ふーん……考えておくよ」

 値段を聞いたは良いが、彼はこの世界の物価がわかっていないので高いのか安いのかよくわからない。後でヘルに聞いてみるしかなさそうだ。


「ちなみにですけど、どこに行かれるんですか?」

「ご飯を買いに組合まで」

「でしたら!」

 少女は満面の笑みで顔をグイッとエスに近づける。


「良いところがあるんですが、どうですか?」

「……えっと、飯屋だよ、お昼ごはん」

「……そうですよ?」

「あ、ごめんなんでもない、ここから近い?」


 周囲に食事処が見えないのだが、どこに案内されるのだろうか。遠くの場所であるならば、いくら美味しい店だとしても今回は遠慮したいところである。


「すぐ近くですよ、ほら、組合の隣に大きめの道がありますよね?」

 見れば確かに整備されてはいるが、石畳やレンガなどで舗装されてはいない土でできた道が旅人組合の横から伸びている。


「それでですね、あの道は牧場に繋がってるんですけど、一番近くの建物、赤い屋根のやつなんですけど、あれが売店と受付になっておりまして」

「なるほど、牧場から直接食事を出してるのか!」

「はいっ!」


(盲点だったな……言われてみれば直営してても不思議じゃなかった)

 牧場で食物を生産していて、観光客や食品業者が来るのならば牧場で食事を出している方が、今見た動物の味や品質を売り込むのにも丁度いい。


「食事しながら家畜の味がわかるってわけか」

「そのとおりです!」

「早速向かわせてもらうよ、ありがとう……あー、しまった」

 エスはポケットに手を入れてから大事なことに気づく、小銭がない。


「ごめん、チップなんだけど今、細かいのがない……ちょっと一緒に来てもらって、お釣りで渡したいけどいいかな?」


 こういうガイドは案内料もだが、チップも大事な収入の一部だ。なので何か良くしてもらったら気前よくチップは払ってやりたいと思っているのだが、あいにく彼の手持ちはヘルに渡された銀貨五枚だけだ。


「いえいえ何をおっしゃいます、別にこれぐらいいいですよっ!」

「そういうわけにもいかないでしょ?」

「……本当に、別に良いんですよ私めにチップなんて」

 快活で爽やかだった少女が一転して寂しそうに呟く。


(事情がありそうだけど……深入りするもんじゃないよな)

 本当は事情を聞きたいのだが、ぐっと喉の奥で我慢する。


「わかった、ツレは説得してみるよ、明日もここにいる?」

「……あ、はい、他にガイドの仕事が見つからなければですがっ!」

「わかった、少し探してみるよ」

「はいっ!」


 エスがその場から離れて牧場に向かうのを、少女が深々と礼をする。

(……ヘルはなんて言うのかな、へそを曲げないと良いんだけど)


 ガイドなんて要らないのにと呆れられる事をエスは想像しているし、実際現地のガイドを雇う必要はあまりない。目的が観光ならいざ知らず、今回の目的は場所の買い出しなのだ、ガイドに聞きたいことと言えば、馬屋の場所ぐらいだろう。


「お、いらっしゃい、旅人さんかね?」

「はい、お弁当はありますか?」

「丁度いいのがあるよ」


 並んでるお弁当は結構な種類が揃ってあり、他の業者なども買っているようなので売れ行きも悪くなさそうだ。


「イチオシはこれか」

 何にするか迷いそうだったが、こういう時は今日の目玉だったり、本日の日替わりランチのような店がオススメしている物を、彼は買う事にしている。


「コレを二つお願いします」

「はいよ、銀貨一枚ね」

「あ、じゃあこの飲み物も追加で」

「はい、お釣りね、毎度あり」

「……ありがとうございます」


 日替わり弁当が二個で銀貨一枚、飲み物も一緒に買っても銀貨を二枚だけで銅貨のお釣りが八枚帰ってきた。


(お弁当の質的に五百円としても、千円かな……いやこの弁当の質ならもうちょっと高いかも、てことは銀貨五枚ぐらいが五千円って考えても少し安いぐらいで普通な感じだな、あの子のガイド料)


 もちろんガイドの料金はその土地の物価にかなり左右されるのだが、この料金なら払っても良いと彼は思うし、安すぎるよりは説得もしやすい。


「ただいま、ヘル元気か?」

「……おかえり、そろそろかなって思ってたよ」

「そう、遅くなったかと思ったけど」

「……初めての街で買い物するならこのぐらいだよ」


 ヘルが起き上がってきたので、テーブルの上に買ってきた弁当と飲み物を並べて、ついでにお釣りもヘルに返す。


「……良い弁当、よく見つけたね」

「ちょっと運がよくてさ」

「……ふーん」


 弁当の中身はサンドイッチ、この土地で育てた牛肉を使ったローストビーフやスクランブルエッグ、野菜を挟んでいるもので、彩りも豊かでデザートに丸パンの中にアーモンドペーストとホイップクリームが挟まったセムラというお菓子も入っている。


「さすが一次産業の国だな、食材が新鮮でレベルが高い」

「……新鮮なのは一番の調味料っていうし」

「違いないな、牛乳も朝絞りだろうし」

ドリンクは牛乳なので、パン類の食事とよく合う。


(こりゃ、頑張って説得しないとな……あの子のガイド)

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