二ヶ国目・動物王国コルケ(1)

「日の出か……よし、起こしに行くか」

 今回は魔物のリスクが低い場所だが、安全とは言い難い場所なので、エスはスリープモードにならず、一晩中のんびりと星を見ながら見張りをしていた。


「朝になったよ、ヘル」

 日の出と同時にテントのの中のヘルに声をかけたが、物音がしない。


「起きないな、しょうがない」

 声掛けだけで起きてくれれば良かったのだが、どうやら熟睡しているようだ。なのでテントの中に入って熟睡しているヘルを揺らす必要がある。


「おーい、おーい?」

 最初は反応が無かったが、しばらくすると大きなアクビをしながら起き上がる。


「………………おはよう」

 ヘルはぼーっとエスを見ながら小声で挨拶をしてから、両手を握った状態でゆっくりと上げながら身体を伸ばした。


「……よし、目が覚めた」

 起きるのは時間がかかったが、伸びをしてからはテキパキと寝袋やライトなど、テントの中の物をリュックに入れて片付け始める。


「外は先に片付けといたから」

「……ありがと、じゃあテントだけだね」

 二人でテントをリュックの中に片付けて、出発の準備をする。


「……日が昇り切る前に街につきたいね」

「そうだな、あとどのくらいだ?」

「……聞いた話だと半日ぐらいかな?」


 リュックに丁寧に荷物を詰め込み終わり、エスが背中に背負うのを見てから、草原の中のあぜ道を歩き始める。まだ次の国の城壁は見えていない。


「……魔物、出なかったの?」

「物音は遠くでしてたけど、見える範囲には居なかったよ」

「……やっぱ、国と国が近いと、少ないのかな魔物」

「普通はもっと多いのか?」

「……うん、二日も歩いてたら一回ぐらいは見かける、襲ってこない事も多いけど」


 一度も襲われないというのは本来は幸運で、良いことではある。だが本来は居ることの方が普通なので、一切見かけないというのは、それとして異常なのである。


「この辺に魔物が居ないとかは?」

「……出会った時魔物と戦ってたでしょ、反対側だけど」

「確かに、じゃあ普通に生息せいそくはしてるのか」


 エスは周辺を歩きながら見渡してみようとすると、AIのキーの声が聞こえてくる。

【マスター、遠くをご覧になりたいのなら、望遠機能があります】

「そりゃいいな、何倍までできる?」

【現在の機能ですと、二倍まで観測することが可能です】

「じゃあ二倍で」


 見えている視界を二倍まで拡大して遠くを見てみたが、少し背の高い草達が、心地よさそうに風に揺られている景色しか見えなかった。


「……確かに、人の影すら見えないな、戻してくれキー」

【了解です、マスター】


「ふう……この機能便利だな……ってヘル、どうした」

「……誰と話してたの?」

「キーのことって話してなかったっけ?」

「……え、だれ?」


 エスは、自分に搭載されている人工知能のキーを簡単に説明する。

「で、まあ俺の脳内で喋ってくれる自動アシスト機能なんだけど……ヘル?」


 話し始めてからヘルの様子がおかしい、理解できなかったわけではなさそうなのだが、うまく形容できないが、不機嫌になった様に感じる。


「……へるさん?」

「……ねぇ、その声って女の子?」

「え、いやまあ、女性だけど」

「……へぇー……そうなんだぁーーー……」


 それからヘルは三メートル程の、少し低めの城壁が見えてくるまで、エスが声をかけようとも喋ってはくれなかった。


「……見えてきたね」

「あれが目的の国か」

「……うん、入国審査は任せてね」


 ただ不機嫌だったのも城壁が見えるまでの話。城壁が見えてからはペースをあげつつもなんでもない雑談を再開して、話に夢中になっているうちに城門に辿り着いた。


「……どうも、入国希望ですね、仕事ですか?」

「いえ、観光と買い出しに」

「旅人の方でしたか、組合の証明証はありますか?」

「……ここに、あと、彼はまだ未登録なので私が保証人です」

「了解です、ようこそ動物王国コルケへ、ごゆっくりどうぞ」


 幅一メートルの城門としては少し頼りない壁を抜け、中に入った二人がまず体験したのは、ツンと鼻につくような、強く野性味を感じるほどの獣の匂いだった。


「おっと、結構強烈だね」

「……そうだね、獣の巣に入ったみたい」

 城門の近くには一定の店が立ち並んでいる。これはどこの街でも同じで、入国者はまず宿や、物資の調達、旅人組合を求めるからだ。


「とりあえず宿からか」

「そうしよっか」

 一番近い宿屋は、旅人が利用しやすそうな、高すぎず安すぎない、レンガでできた二階建ての建物があったので、二人はまずそこに試しに入ってみた。


「……部屋はありますか、一部屋ひとへやで大丈夫です」

「あるよ……銀貨六枚だ」

「……じゃあそれで」

「はいよ、部屋番は鍵に書いてあるのをお使いください……ごゆっくり」


 部屋は大きなベッドが一つと、荷物を入れれそうな大きなタンスに、テーブルと椅子だけという必要最低限だけを揃えたシンプルなもので、まさにビジネス用といった感じだ。


「無愛想だったね、受付の人」

「……宿屋なんてどこもあんなもんだよ、もっと高いなら違うらしいけど」

「そういうもんかな」

「……そんなもんだよ」


 ヘルは荷物をエスの背中から受け取って、タンスの中に入れると、軽い呪文を唱えてからベッドに背中からダイブした。


「今の魔法は?」

「……保護魔法、防犯になるんだよ、気休めだけど」

「へぇ……っと」

 彼が軽く触ってみると電流が流れたかのようにバチンと大きな音がして弾かれる。


「なるほどね、こりゃ大丈夫だ」

「……でしょ」

「これで気休めなのか?」

「……気休めだよ、本気で盗もうと思ったらできちゃし」


 触れたら軽く弾かれるぐらいのシールドならば、本気で破壊しようと思えば魔法があるこの世界ならば簡単にどうにかできてしまうのだろう。


「けどさ、そんな事すりゃこの国の警察みたいなのが来るんじゃないのか?」

 この保護魔法に触れた瞬間に鳴った音は、かなりの大きさだった。触れただけでビクリとするほどの音が出たのだから、破壊しようとすればもっと大きな音が出るに違いない。


「……まともな国ならね」

「国ぐるみでやってくるのかよ」

「本当に治安が悪い国ならね、ここは多分大丈夫、うん、多分」

 百パーセントの自信が彼女にあるわけではないが、前の街で調べた上で次の国を選んだのだから、信頼度は高い、


「……前の街、トライって交易国だったから、信用がなくなると破綻するんだよね」

「信用がなくなると国に来てもらえなくなるからか」

「……うん、特に旅人なんか騙して逃げられちゃったりしたり、旅人があの国行ったら消息不明になるとか、旅人の中で広まっちゃうと致命的、一気に広がる」


 旅人は各地を自由に旅をする、その行き先であの国で窃盗にあったから気をつけろ、と他の旅人に伝えてしまえば、その話が連鎖して悪評は広まっていく。しかも人の会話や、手書きのメモだけで広がるので一度ついた悪評は尾ひれがついて、より誇大な悪として広まる。


「そうなると、交易国としては終わりだな」

「……うん、だからあの国で大丈夫ですよって、複数の人から聞いた国なら安全」


 言い終わった後に「多分」と付け加えはしたが、そういう話なら信用しても良いという基準にはなるだろう。


「それで、どこから見てまわる?」

「……え、一日目だし休もうかなって」

 ヘルはベッドから足を出して、だらんと力を抜いて足を休ませている。


「そうか、昨日からずっと歩いてるもんな」

「……そうだよ、生身だから疲れるの」

「すまん、やっぱ体感がないとどうしてもスっぽ抜けるな」


 彼は自分の身体に疲労がないので、すっかりと忘れていたが、歩きっぱなしの旅で宿屋についたなら、ある程度休んでから行動するのが普通だ。

(よし、ヘルがゆっくり休めるように動くか)


「ご飯でも買ってこようか?」

「……お願い、これで買ってきて」

 ヘルは自分のポケットから銀のコインを五枚ほど渡す。


「わかった、嫌いなものは?」

「……なんでもいーよー、任せる」

「オッケー、行ってくる」

「はーい」


彼は銀貨五枚を握りしめ、一人で見知らぬ国へと繰り出した。

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