初めての野宿。
馬車でならば一日で到着できる距離も、徒歩でならば二日はかかる。
「……本気で頑張ればなんとか着くんだけど、無茶してもいけないし」
ヘルの取り出したテントはしっかりした物で、ワンタッチで開くようなものではなく、ポールを通して頑丈な布を張り、杭を打ち込んで固定する。
「……これでよし」
ヘルが慣れているおかげで短時間でテント設営は終わる。
「一人用にしてはでかいな」
「……だってこれ二人用だし」
「俺がいるから良いけど、本当は軽いほうがいいだろ、どうしてだ?」
「……最初は二人で旅してたんだー」
「もう一人いたのか……いなくなった理由って聞いていいやつか?」
ヘルはエスが旅の初日だという理由で、できるだけ楽しませようとしてくれている。なので誰かがいなくなったという話は、死別など悲しい話になってしまう可能性がある、そうだとしたら話してくれないだろう。
「……大丈夫だよ、正直まだ腹が立ってるから」
「なにがあったんだよ、元相方なんだろ」
「……ちょっと前にとある国でちょっと長めに滞在したことがあるんだけどね」
「まさか、そこでトラブルでも起こして服役してるとかか?」
なにか犯罪をしたとするならば、彼女が怒るのも当然だろう。しかし、ヘルが怒っている理由はどうも違うようだ。
「……ううん、その国の法律は違反してないと言うか、法律に従ったと言うか」
「法律に従ったから出れないって、何されたんだよ」
「……それはね、その子…………結婚しちゃったから」
「あー……寿退社か……」
それは怒っても怒りきれないなんとも言い難い理由だった。
「結婚する前に相談は?」
「……ない、旅立ちの前日に『あ、私ここに永住するね、結婚するから』だって」
「結婚自体は良いけど土壇場で言われるのは参るな……」
「……ほんとだよねー……はぁ……土壇場じゃなきゃ素直にお祝いしたのに」
出発前夜に言われては予定も狂っただろう。買い込んだ二人分の食料も半分は無駄になるし、一人で旅をするのは、二人旅よりも危険は増える。ヘルが怒るのは当然だった。
「……終わったことだからもういいけど、多分二度と会わないだろうし」
ヘルはリュックの中から小型コンロを取り出して、自分の魔力で火をつける。
.「焚き木でもするのかと思ったけど」
「……こんな草原のど真ん中で薪なんてどこにあるの?」
「なるほどな……」
「……かさばるし、重いし」
「魔法が使えるなら、薪は必須じゃないのか」
こういう野宿の旅で焚き木を囲んで夜空でも見ながら語らうと言うのに少し憧れもあったが、趣味ではなく真面目にやるのならばこういったクッカーやストーブを使うほうが現実的ではあるのだろう。
「……でも魔力が切れたら少ししたら消えちゃうし、牧の方があれば便利」
「一長一短ってわけか、こっちのほうが軽いもんな」
屈強なマッチョならば、その体力に任せて薪を運ぶのも手だが、生憎とヘルにそこまでするような体力はない。
「……焚き火、したかった?」
「正直に言うと、ちょっとだけ」
「……できるよ、次の街で馬を買えば」
重量の問題ならば馬がいれば解決する。
「じゃあ、馬を買ったら一回ぐらい焚き火しないか?」
「……いいよ、その方がちょっと楽しそうだし」
ヘルはリュックの中に入っていた麻袋から肉の塊を取り出して、街で買った包丁に魔法をかける。
「それは?」
「……浄化魔法、汚れとか毒とか、血とか、消してくれる」
「便利だな魔法って」
「……覚える? 簡単だよ」
「教えてくれ、結構便利そうだ」
「……簡単だよ、まず魔力を手に込めて」
「ストップ、待て、無理なんだが」
「……え?」
「魔力の操作って出来る前提なのか?」
「……そうだけど」
エスは頭を抱えた、彼女は自分の中にある魔力というものをコントロールできるものは当然だと思っているのだが、エスは生まれてからそんな事をしたことがない。
「どうやってコントロールするんだ?」
「……どうやってって……自然に」
「あー、わかったちょっとだけ待ってくれないか?」
恐らく、これは彼女だけではなく、この世界の住人が自然と身に付けているものなのだろう。しかしエスは機械の身体になる前に魔力を使ったという経験はない。そういうのはゲームやアニメ、漫画や小説などの創作の世界のものだったのだ。
(AIシステム、起動……キー、聞こえるか?)
しかし諦めるのはまだ早い。彼には人工知能がついている。
【聞こえております、マスター】
この人工知能は、エスがキーと名付けており、呼びかけたり、困った時にアシストしてくれる。このアシストのおかげでエスは見た目を機械むき出しの身体から、今のような人間と同じ見た目に変更できたし、武器の存在も把握し、言葉もキーが自動翻訳したものを学習したので通じている。
(自分の魔力を操作したいんだけど、どうやればいい?)
この身体については、エスよりもこのキーの方が熟知している。なにかしたいのならば、まずキーに聞けば間違いがないのだ。
【申し訳ありません、魔力操作システムは、搭載されておりません】
そんなキーが言うのであれば、できないと言われれば諦めるしか無い。
「なあ、ヘル、おれ、魔法使えないらしい……」
剣と魔法のファンタジー世界ならば、魔法を使ってみたいという願望は強かった。魔法が使えるアンドロイドなんてかっこいいじゃないかと、どこかのタイミングで魔法を習得しようというのは、エスにとってこの旅の目標の一つでもあったのだ。
「……その、気にしないで、そういう人も……少ないけどいるから」
ヘラが憐れむように、エスの手の上に手の平を載せて慰める。
「やっぱり、使えないのは少数なんだな……」
「……うん、種族的に無理なのと、素質が本当になかった人だけが使えない」
「俺はどっちかというと前者かな、機械だし……いや、両方だな」
「で、でも、なんか武器みたいのはあるから、大丈夫!」
あまりにもエスが悲しそうにするものだから、焦ったヘルが必死で慰め始める。
「そうだな、機械の身体ってのもロマンはあるし、前向きに行こう」
(この世界で希少な機械生命体というのは変わらないんだ、それはそれでロマンがあるし、魔法が使えないデメリットぐらい……)
「……ほら、干し肉だよ、食べよ」
(気を紛らわせるために、色々してくれてるんだ、ここで萎えてどうする)
「そうだな、何のお肉?」
「牛だよ、牛の干し肉」
会話をしてる間に、十分にコンロの上に置かれたフライパンは温まっていた。
そこにお肉を乗せると、香ばしい匂いが立ち込める。
「星空の下でステーキか」
「……いやだった?」
「いいや、むしろこの上なく贅沢な事してるなって」
「……そうなんだ?」
ブロックになった干し肉を一口サイズに切り分けて、十分に焼いた後に塩をかけただけのシンプルなステーキと、水と、パン。
「眠る前はコンクリートジャングルだったから」
「……ジャングル、森に住んでいたの?」
「いや、都会だよ、高いビルをコンクリートで作って密集させて暮らしてて……」
「……ジャングルに見立ててたの?」
「あぁ、物がある代わりに、こういう自然ってのが本当に無かったからな」
見上げると大きな満月と、満点の星空。こういった星空も都会では見れない。
「星座とかもっと、知っておきたかったかもな」
「……星座かぁ」
「詳しかったりする?」
「……ううん、ぜんっぜんわからない」
苦笑いするヘル。
「旅しるんだから、少しぐらい星座がわからないと困らない?」
「……すっごく困るよ、星座で方角わかるっていうけど、私わからないもん」
「ダメじゃね?」
夜間方角がわからないというのは、かなり足かせになるだろう。
「もしかしてキャンプ準備早いのって、夜移動できないから?」
「……その通りだよ、だって覚える前にあいつ、結婚したから」
「あぁーーーー……」
(ナビゲート役が急にいなくなったらそりゃ怒るな)
エスはしみじみと見たこともない彼女の元相棒の女性に思いをはせた。
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