交易の国トライから次の街へ。

「……おはよ~?」

 朝、先に目が覚めたヘルが、エスの頭をポンと軽く叩きながら彼を目覚めさせる。


「ん、おはよう、」

 エスは本来睡眠する必要はないのだが、起きている間はエネルギーを消費する。なのでヘルの提案で安全な場所では節約の為に休眠スリープモードで眠っておくことになった。


「……寝れた?」

「夢とか見ないからなぁ、寝たって感覚じゃない」

「……じゃあどんな感じ?」

「気絶して気づいたら朝だったみたいな」

 ヘルが申し訳粗無さそうな表情をして、何を言ってか困った雰囲気を見せる。


「気にしないでいいからね、こういう体質……いや機械だから性能か」

「……もう辞めておく?」

「スリープモードを?」

「……うん、エスが苦しいのならやる必要なんかないよ」


「そんなにつらそうにみえたか?」

「……不安そうな顔はしてた」

 彼にその自覚は無かったので、どう感じているか思い直してみる。


(確かに、活動時間を伸ばす延命措置とは言え……二度と目覚めないって不安が無くはないんだよな、また次一万年寝てたらどうしようだとか、次は起きないって可能性もあるんだし……トラウマってやつか、一回体験してるもんな、起きたら一万年って)


 彼は普段通りに寝て、起きたら自分の体も、世界も全てが変わっていたのだ。それは彼にとっては大事件であり、深いところで傷になってもおかしくなかったのだ。


「それでも、このスリープモードは続けようと思うよ」

「……いいの?」

「できることはちょっとでも積み重ねていこう、不安だって少しだし、ヘルもいる」

「……頼り過ぎだよ、もう」


 少なくとも一緒にいる間はスリープモードを日課にすることで一致した。もちろん安全が確保されている時だけだが。


「……とと、もうチェックアウトの時間過ぎちゃう、行こっか」

「そうだな、たった二日だったけどいい街だった」

 持参していた自分の大きなリュックを持ち上げようとしたヘルを、エスが止める。


「それ、俺が持つよ」

「……重いよ?」

「機械だから重さなんて感じないよ」

「……便利だね」

「ま、重量制限一トンまでだけど」


 キャンプセットが入った荷物をエスが持ち上げて、エスが追加で宿泊した分の料金を宿屋の店主に少しチップを上乗せして支払って店を後にする。


「正直さ、旅行好きなんだ」

「……そう作られたの?」

「いいや、これは俺の性分だよ、プログラムじゃない」


 エスは機械の体にされる前は旅行が好きだった。さすがにこんなバックパックの荷物だけを背負って節約しながら旅をする、バックパッカーみたいな旅はしていなかったが、頻繁に観光旅行に行っていた。まあ大半が国内旅行で海外は年に一回行ければいいというペースではあったが。


「だからかな、この景色は不安よりもワクワクしてる」

 城門を抜けると見渡す限りの大草原、道といえば草原を数多の馬車が通った後の、舗装されていないあぜ道しかなく、一歩外を出れば文明の影も形もない。


「街に来るまでは正直必死だから興奮する暇なんかなかったけど、改めてこれから旅ができるんだな、しかも何も知らない場所に」


 そんなエスの言葉を聞いたヘルは、苦笑いして先を歩みだす。

「……良いね、エスは肝が座ってる私の門出なんか不安しかなかったもん」

「そうだったのか?」

「……私の旅立ちは……酷かったから……」

 一瞬だけ立ち止まるヘルの背中が、エスには寂しそうに見える。


「……うんだめ、折角の旅立ちだよ、この話はなし」

「そこまで思わせぶりなら気になるんだけど」

「……ダメダメ、暗くなる話題はまた今度だよ」

 振り返ってニコリと笑いながら、ヘルは後ろ向きに歩き出す。


「目見て歩かないと危ないぞ?」

「……む、ほら、うしろも警戒しないと、だよ」

「後ろはまだ街だから安全だ」

「…………さ、いこっか」

(反論できなくなったから誤魔化したな)


 二人はそのまま、セラを先頭にして草原を進んでいく。

「そうだ。聞いてなかったけど……これからの予定は?」

「……予定って、どこに行くか?」

「あぁ、目的地はどこかなって」

「……割りと目的地もなく旅に出るのってよくあるんだよね」


「もしかして目的地無しで歩いてるのか?」

「……あぜ道進んでたらどこかの街か国につくよ」

「おいおい……そんな行き当たりばったりで大丈夫なのかよ」

 期待に胸を膨らませていたエスだったが、急に不安になってくる。


(本当にこのまま任せて大丈夫なのか……?)

 彼女に講師を頼んだことを後悔し始める。


「……なーんて、そういう事もあるけど大丈夫だよ、今日は目的地あるから」

「無い日があるのは本当なんだな……」

「……何事もイレギュラーな事態は起きるものなのです」

「例えばどんなイレギュラーがあったんだ?」

「……平和な街って聞いて行ったら、クーデターが起きてた」


 絶句するエス。確かにそれはイレギュラーだし、次の国の情報を聞いている場合じゃない。必要なのは一刻も早くその国から脱出することだろう。


「……あの時はびっくりした、勝手に捕虜にされかけた」

「洒落になってないって」

「……だって、冗談じゃなくて実体験だもん」

 実体験なのは仕方ないが、やはりこの度は希望や楽しめるだけではない。魔物だけじゃない、その辿り着いた国での危険も多い旅なのだ。


「……すべての国が治安がいいわけじゃないし、できるだけ選ぶけどね」

「国選びを失敗したらどうなる」

「……天運に任せて逃げるだけだよ」


「……どれだけ情報を選んでも、人の言う情報には嘘があるし……ってダメ」

「どうした?」

「……暗い話題になってる、話変えよ、うん」

 これが必要な話なのは間違いない。しかし彼女はそれよりも今日だけは、旅立ちにふさわしい明るい話題を選びたいようだ。


「……今から行く街の話をしよ、ね」

「そうだな、どこに行くんだ?」

「……次の街も商人の国、でもちょっと特殊な商売の国」

「なにが特殊なんだ?」

「……商品が偏ってるの」


 偏っている商品とはなんだろうか。

「物騒なもんが揃ってたりするのか?」

「……ううん、むしろ逆だよ逆、もふもふ天国」

「もふもふ? いや何言ってるんだよ」

「……動物の売買が多いので有名なんだって、次の国って」


 動物の売買といえば想像しやすいのはペットだろう。

「犬とか猫とかか、犬は猟犬に使えるしわかるけど……そもそもペット飼うの?」

「……ペットじゃないよ、ほら、二人旅になったんだし足が欲しいなって」

「あぁわかった、馬か」

「……うん、レンタルもあるけど、返しに行くのは面倒、だったら買った方がいい」


 確かに馬車があるのなら移動の負担は軽くなるし、荷物だって背負わなくて良い。

「もしいい馬が居なくても、ロバが居るだけでもかなり変わるな」

「……でしょ、だから、次に行くのは動物の国、近くてよかったよ」


 馬やロバが手に入りやすい動物の国が近いのは、交易の国が近くにあるからだ。車や電車、航空機が無いのならば馬やロバの需要は高いし、動物が多いということは畜産も盛んなのだろう。交易が近いからこそ、それを頼りにした国が近くにできるのは理にかなっている。


「結構考えてるもんなんだな、旅人って」

「……でしょ、闇雲に歩いてるだけじゃ、長続きしないから」

隣で歩くヘルは誇らしげな笑顔をエスに見せた。

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