最初の街、交易国トライ(2)

「……そっちは何か買わないの?」

「と言ってもまだ何が必要かもわからないんだよな」

 彼の持ち物といえば、腰に大量に入っている千個程の魔水晶だけだ。


「不足してるのが多すぎて、何からすれば良いかわからん」

「……全部足りないけど、全部って何、って話よね」

「そういう事だな、まあ、水晶を売れば資金には困らないようだけど」

 その言葉を聞いたヘルはムッとした表情をして頬を膨らます。


「……そういうとこだよ、簡単にやらない」

「資金は必要だろ」

「……でも、それはエスの寿でしょ?」

 彼女の言う通り、魔水晶が無くなれば動けなくなるエスにとって、これは寿命にも等しい価値を持つ。


「……あとどれくらい?」

「千個ぐらいはあるから、一個ぐらいは平気だぞ」

「……一日にどれだけ使うの?」

 誤魔化そうとしていた部分に触れられて、エスは口ごもる。彼の想像してた以上に、彼女は彼の置かれている状況を正確に把握しているらしい。


「……教えて……教えなさい」

「多分、一個使わないぐらいだな」

「……だったら、トラブルとかあるともっと減る、そうだよね?」

「うっ………………よくご存知で」


 トラブルと言うのは、魔物や盗賊などといった敵と戦ったりすることだ。

「……敵と出会ったら戦うようね?」

「まあ、俺に武装は搭載されてるな」


 彼に武器は二つだけ、魔導砲と魔導剣が最初から装備されていた。両方とも左右それぞれの腕を変形させて使う装備なのだが、まだどのぐらい使えるのか実験はしていない。


「……それ、使ったら魔水晶って減る?」

「結構減るとは聞いてるな、出力は選べるが」


 この武器達は出力を任意で選べるが、基準が魔水晶のエネルギーを何パーセント使うかで分けられていた。出力を十パーセント使えば魔水晶のエネルギーも同じだけ減る。それでいて最大で二個消費の二百パーセントというロマン砲まであるのだ。


「……旅人として破綻してる」

「だな、どう考えても毎回赤字にはなるだろうさ」


 旅人は魔物を狩り、その肉や骨、鱗などの素材を街に持って行き売る事で生計を立てている。街から害獣として人を襲うから報酬が出ている物も当然いるし、魔物によっては報酬も高額になるのだが、それはあくまで普通に活動する人間の話。


「相場は知らないが、魔水晶一個使って魔物を倒しても元は取れないだろ?」

「……うん、絶対無理」

「仕方ないんだよ、だったら今更一個使って準備をする方が良いだろ」


「……だから教えるの嫌なのに」

 ヘルは今の言葉が余程嫌だったのか、ジト目でエスを見上げる。


「……なんでどうせ死ぬって思ってる相手に、旅の仕方とか、この世界の歩き方とか……生きる方法を教えなきゃいけないの?」

 エスはこの言葉を聞いて、ハッとした表情をした後に、目を伏せる。


「悪かった、確かに投げやりすぎだな、俺」

「……うん、教えるからには生きて、生きようとして」

「あぁ、気をつけるよ」

「……ふぅ」とヘルは肩の力を抜きながら、微笑む。


「……でも、今回売ること自体には反対できない、必要だと思うよ?」

「おい」

「……それとコレとは別だもん、必要なコストを払うなら仕方ないし」

「そういうもんか?」

「……だって、言っとかないと、ぽんぽん水晶気軽に売っちゃいそうだもん」


(それについては否定できないな……気軽に売ろうとはしてたし)

「……それに、これから使うのは節約するための投資って思おう」

「節約するために節約グッズを買うようなもんか」


 一見本末転倒の様にも感じるが、買ったものが結果的に出資を抑えて買わなかった時よりもリソースが減らないのなら、それは立派な節約なのだ。


「……てことで、冒険グッズだね、お金は……うん、私が出す」

「いや、それは悪いというか俺が払った報酬だろソレ」

「……そうだよ、でも問題ある?」

「さすがにある」


「魔水晶を浪費しようとしていた事に関してはヘルの言うとおりだ、けどな、コレに関してはおごってもらうようなもんだから受け取れないぞ」

「……そうでもないよ」

「いや、ヘルに渡した魔水晶の報酬なんだからへルの金だ」

「……えっとね、そうなんだけど……」


 彼女はどう伝えるべきか少し考えてから、順序立てて答える事にした。

「……まずね、魔水晶の報酬だけど、君にはコレしか無いから受け取った」

「そうだな、正直支払手段なんて他にないし」


 出世払いやツケのような信用払いをしようにも、信用というものの担保がない。

「……でもね、本当はこれ、貰い過ぎなの」

「まあそれはこっちの気持ち込みの価格ってことで」

「……だーめ、貰った分は働くのが私の信条です」


 しっかりしている分、貰った対価に対しては誠実な性格なのだ。

「……でもね、まともに働くと半年よりもながーい時間、真面目に働かなきゃいけない、ちょっとやだ」


 半年は楽に過ごせる分の報酬ということは、本来はそれだけの期間働かないといけないということだ、多少は誤魔化そうと思えば相手は何も知らないエスなので簡単に騙せるだろうが、彼女自身がそんな卑劣なマネをしたくない。


「……だから、余った分はエスに使う、いいね?」

「俺の浪費が酷いから、財布を預けてるって感覚か」

「……そう、だから今から使うのはエスの財布、わかった?」

「わかった、そういう事ならヘルに任せる」


 とは言っても、先程多少相場より高くとも上等な包丁を買っていたヘルなので、完全に任せるのもまた不安があるとエスは思うので、ちゃんと見張っておく必要はあるだろう。


「……とりあえず……テント、は私が持ってるの一緒に使うとして」

「いや、さすがに別々の方が良くないかテントは」

「……二人いるならどうせなら夜は見張りしながら交互に寝るし……エスに襲われるならテント分けても防犯効果なんてないし」

「合理によりすぎてないか……そっちがいいなら良いけど」


 信用されているのか、舐められているのか、はたまた諦められているのかはわからないが、彼女が大丈夫と言うならば納得するしか無い。


「……調理セットも私ので大丈夫、こういうのエスが独り立ちする時でいいか」

「結局何も買わなくて良いのか?」

「……そんな事無いよ、やっぱりナイフはエスも買っておこ?」

「俺は普通のでいいよ」

「わかった」


 近くにあった露店に足を運ぶ。今度の露店はヘルが高級包丁を買ったような日常雑貨の店とは違い、剣や弓などの冒険者用の武器を取り揃えてるような店だ。


「……ナイフと、あと剣は使う?」

「武器ならいつでも大丈夫だから買わなくていいんじゃないか?」

「……弱い魔物に毎回エネルギー消費してたらもたない」

「たしかにな、でも剣とか使ったことないんだが……」

「じゃあこれから慣れて」


 一般的に普及しているというお手頃価格の鋼でできた剣とナイフをヘルは買う。

「……どこで持つかは自由、背中とか腰とか」

「じゃあ腰だな、丁度良いのがある」


 ヘルが選んだ剣はガードの部分、日本刀で言えばつばが大きく無いものだったので、魔水晶を入れている腰の収納スペースにすんなりと入った。


「……収納魔法あるんだ、上級魔法だよ、それ」

「そうなのか?」

「……最上級クラスの冒険者が、荷物持ちで運ぶ条件にしてるぐらい」

「入り口が小さくなきゃもっと便利なんだろうけどな」

「……そうだね、でも剣が入るなら十分」


 他に買ったものは、替えの衣服に歯ブラシやシャンプーなどの洗面用具、替えの靴などの必需品と言われるものだ。


「……これぐらいでいいなら、私のバッグに入っちゃうね」

「じゃあ旅の間は俺が持っておくよそのバッグ」

「……いいの? ありがと」


 買い物をしていたら日が暮れていたので、夕食を食料品が多い露店で旅の食材を買いながら、買い食いをすることで済ませた。


「……もう、良い時間だね、戻ろうか」

「そうだな、露店も閉まってきたし」

今日の活動はこの辺で終了だろう。


「……明日は早めに起きて次の街にいくよ」

「わかったよ、ありがとうな」

「……うん」

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