最初の街、交易国トライ(1)

「露店が多いんだな」

「……うん、ここは交易国だから」


 テントを貼って食品や雑貨をずらりと並べた店や、移動式の軽食屋台が立ち並ぶ活気に溢れた場所、この街の中心を通るメインストリートは活気にあふれていた。


「なんでもありそうだな、ここなら」

「なんでもはないよ……でも、大陸の北東地域で一番大きいから大抵はあるかも」


 ヘルは屋台を見回しながら、何をしようかと物色しているが、飲食物の屋台ばかりで肝心のナイフを売ってそうな武器や雑貨の屋台には目もくれない。


「ナイフを買うんじゃなかったのかよ」

「……この辺のお店は、お飾りだから、先におやつ」

「そういう店は旅人組合とか、使う人間が近い方が良いだろうに」


 例えば観光地の近くには、お土産みやげ屋だったり、海水浴場には海の家、住宅街には商店街やスーパー、お店とは需要があるところに集まるものだ。


「……でも、お酒とかご飯も人気だよ?」

「そういう事か」


 ここの出店や屋台も、やはり需要があるから多かったのだ、魔物を倒して得た報酬を手に、つまみを屋台で買い食いしながら飲み歩く。魔物と戦うという危険な行為から開放されたならば、羽目も外しやすくなるし、財布も緩む。


「で、その解放感に釣られてるカモがここにも一人、か」

「……ダメ?」

「いや、むしろ良いと思う」

 仕事終わりの娯楽というのは活力になる。


「ま、でもちゃんと武器屋には向かってくれよ?」

「……わかってる、でもね、ほら、今久しぶりに財布がいっぱいだから」

「どのくらいで売れたんだ、あの魔水晶」

「……半年ぐらい楽に暮らせる、かな」

 どうやらあの魔水晶は彼が思うよりもかなり高額で売れたらしい。


「マジか、もうちょっとふっかけときゃ良かったか?」

「……もう遅いよ、これも社会勉強」

「返せなんて言わないさ、次使うときはもっとふっかけれるんだなと」

「……む、もうちょっと隠せばよかったね」

 二人で雑談しながら、露店だらけの市場を抜けていく。


「……おじさん、それ一人前、ううん、二人前ください」

「はいよ嬢ちゃん、まいどあり」

 道中ヘルは露店で目についた食べ物を買いながら歩いていたが、肉を焼いたいい匂いがするソーセージの屋台では、料理を二人前注文した。


「……これ、あげる……食べれる?」

「食べれるよ、ありがと」

「良かった、食事不要かなって」

「味覚の機能はあるからな、こういうのはありがたいよ」


 渡されたソーセージはコルヴという腸詰めされたミンチ肉、いわゆるソーセージである。その中でもこれは一口で食べれるぐらいの大きさにしたプリンスコルヴというもので、調理法は鉄板で焼いたものを盛り合わせてケチャップをかけたシンプルなものだ。


「いいね、こういうの好きだよ」

 そんな山盛りソーセージを食べるエスを見て、ヘルは疑問を口にする。


「……食べたものってどうしてるの、捨てる?」

「いや、なんかエネルギーに変換できるらしい、俺の知らない技術で」

「……良かった、無駄にならないんだ」

「そうだね、エネルギー効率は悪いみたいだけど」


(ま、こういうのって味が楽しめればいいしな、機械になる前だって多少なら不健康ぐらいになっても構わないって精神でいたし)

 エネルギー効率が悪のがなんだ、食事が楽しめるならば良いと彼は思っていた。


「にしても本当に色々あるんだな」

「……保存できるものばかりだけど、ね」

 見回してみると乾燥肉を焼いたものだったり、チーズみたいな発酵食品、魚介類やフルーツを乾燥した店、後はお酒を始めとした飲み物と、保存食が大多数だ。


「確かに、ソーセージ……コルヴも保存食だっけか」

「……ソーセージでいいよ、変わらないし」

「地方での名称だったか」

「うん」


(地域が変わると料理名が変わるってのは多いしな……これも旅行の醍醐味だいごみか)

 知らない料理名だから頼んでみたら、知ってたり似ている料理だったなんて事はよくある事で、ソレを経験することもまた、旅行の楽しみの一つだろう。


「……この辺から道具筋だね、刃物なんかも置いてある」

「武器は置いてないようだが、良いのか?」

「……うん、欲しいのは解体用のナイフだし」


 ヘルは適当なお店で足を止め、手頃な刃物を物色し始める。

(ここは……包丁に、果物ナイフ、日常用品というか台所用品の雑貨屋か)


「何をお探しで?」

「……長く使えて、持ち運びが便利なやつ」

「じゃあこの包丁なんかどうだい?」


 屋台の店主が見せてきたのは、露店にしては不釣り合いにも見えるレベルの素人目にも上等品とわかる包丁だ。


「……えー、これかぁ」

 ヘルは一瞬渋って見せるが無理もない、本来こういった品は屋台で出すには高すぎる。本気で売る気がない品物だ。


「あはは、冗談だよ冗談、だがここの品は全部良品だ、さあ見て言ってくれ」

 では何故こういった高級品を一つ店で目立つ所に置いていたり、店主が見せるのかと言うと、これがディスプレイ用、客の目を引き、足を止めるための商品だからだ。


(当然、買わないよな、こんなの)

「……ううん、それにしよっかな?」

(……は?)


 ヘルが買う意志を見せた瞬間、屋台の店主とエスが目を丸くして呆気にとられた顔をする。やはり店主もこれを買おうと思う人間がいると思っていなかったのだ。


「おいおい嬢ちゃん、冗談はよしてくれ」

 しかし、さすがは店主、今まで相手してきた客の数が違う。これをすぐさま冗談と判断してヘルにペースを掴ませないように軽く受け流す。


「……本気だよ?」

 今度はこの店主といえども押し黙った。


「ヘル、さすがにコレにするのはちょっと……」

「……良い品だよ、なんで?」

「なんでって……」

 さすがにヘルもコレがディスプレイ用だとはわかっている筈である。もしそうでなければこの世界の事を教わる人間を間違えた事になるだろう。


「……飾りなのはわかってる、でも、本物」

「そりゃ、値札までつけてるし、偽物を置くわけにもいかないだろうけどさ」

 こういうディスプレイ用の品は、明らかにわかる偽物や飾りの場合もあるが、本物を置いてある事も多い。


「……値段も、ちょっと相場より高めなだけだよね?」

 もし買われたくないからと高すぎる設定にすると、ぼったくりのお店だと思われて客寄せとは逆効果になる。なので買われたらラッキーだと思うぐらいの値段設定にするか、もしくは現実的ではない値段をつける、そもそも非売品にするかだ。


「なるほどな、嬢ちゃんわかってて買うのか、しょうがねぇなぁ、だけど値段は一切まからないのもわかってるな?」

「……うん、今ちょうどふところが温かいからいいよ」

 すんなりと高級包丁の取引が成立してしまった。


「いいのか、ほんとに」

「……うん、一品物だし……ほら」

 包丁をセラが抜き取ると刀身が少し光る。なにかの魔術がかかっているようだ。


「なにか効果がついてるのか?」

「……みたい、効果はわからないけどね」

「おい……」

「……でも、悪い効果じゃないのは感覚でわかるし、適正価格だよ」


「だとしても、料理人でもないのに包丁にそんな値段をかけていいものか?」

「……いいの、狩りにも料理にも使えるし、長く使えば元は取れるもん」


嬉しそうにヘルは包丁をじっくり眺めてから、大事そうに腰にしまう。

(こりゃ、個人的に気に入ったんだろうな、あの包丁が)


気に入った商品を買おうとすると、どうしても財布は緩みがちになる。

「……それに、お金はまだいっぱいあるし」


それが、金銭的に余裕があるのならば、なおさらだ。

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