骨董品の放浪譚

まばたき(またたき)

第一幕

目覚めから、最初の街。

「ようこそ、我らの街へ! 移住でしょうか!」

 明るい声でパンフレットと一緒に移住の勧誘をされる。


「いや、観光だよ、けど、どこか旅人が稼げるような場所があると良いけど」

「あー、回りくどいですね、旅行者組合はあっちですよ」

 移住じゃないと知った瞬間の塩対応に苦笑いをしながら、組合へ向かう。


(とりあえず、聞いた通りなんとかなりそうだけど……素性はバレたくないな)

 彼が物心ついたのは、つい昨日のことだ。厳密にはその前に人間として生活していた記憶はあるのだが、昨日目覚めた時には見慣れない施設の中で、沢山のケーブルに繋がれた状態で目を覚ました。


 ―――その時、問題だったのは自分が機械の体になっていた事だ。


 こういう場合、自分はロボットか、サイボーグか、アンドロイドかどういう種類の機械なのか頭を悩ませたり、それ以上に燃料とかどうするんだと、どうしようもなく途方に暮れていた。


 そこに脳内に直接声を響き渡らせてくる、サポートAIとやらが的確に今欲しいものをアドバイスしてくれた。


 特に魔術だか魔法だか魔導だかよく知らない理論で、時間はかかるが自由に決めれると頭の中のサポートAIとやらがいうので、できるだけ中性的な好青年に見えるように見た目はカスタマイズできた。


 後は必要そうなものを手当たり次第に腰にあった謎の収納スペース……多分コレも魔術的なものだろう、入り口は小さいが物自体は大量に入れる事ができた。


 そんな収納スペースに、ありったけの物資を積み込んで、地下施設を出てから最初に目についた少女に、この街を教えてもらったわけだ。


(……それにしてもミスったな)

 折角せっかく知らない街に来たのに最初に入ったのが、この世界のどこの街にもありそうな場所にしたのは勿体もったいなかったかも知れない。


(別に機械の体なんだから、飯は食えるらしいけど必要じゃないし、飯も水も絶対じゃないんだから金よりもまずは景色を楽しめば良かったかもな)


 そんな事を思っていても、案内してもらっているので行かないわけにもいかない。

「着きましたよ、良ければ移住してくださいね!」

「あぁ、考えておくよ」


 最初の元気そうな挨拶から打って変わって業務的な雰囲気で対応されはしたが、親切にも道案内してくれたので、リップサービスを交えつつ、お礼を言って分かれる。当然だが移住する気など一切ない。


(意外と綺麗なんだな、もっと場末の酒場を想像してたんだが……)

 木造の古い建物だが、床や壁は綺麗で、酒場が併設されているが酔っ払いが倒れても居ない。今の時間が昼過ぎだというのもあるが、彼はこういった場所はもっと汚いというイメージを持っていた。


「……ホントに来た」

 軽い食事を取りながら、入ってきた彼を見て少し嫌そに目を細めた褐色肌の女性。


 彼女が遺跡を出た時、最初に声をかけた旅人だ。街に入ったら旅人組合で休むと言っていたので、話を聞きたいので行くと伝えてあった。


「右も左もわからないからな、しばらく世話になるよ」

「……やだ」

 はっきりと彼女に断られてしまったが、ここで引き下がってしまうとアテがない。


「そこをなんとかならないか?」

「……得がない」

「それを言われると困るな、こっちは赤ちゃんのようなものだぞ」

「それは起動してから、作られたのは一万年前」


 彼が作られたのは一万年だが、目覚めは昨日、どっちを実年齢とするかは人によるのだろうが、彼には機械になる前の記憶がある。


(年齢を盾にするのはフェアじゃないか……けど俺にあるのはコレぐらいだぞ)

 腰の収納スペースから、魔水晶という名前のエネルギー結晶を見せてみる。これが機械である彼の動力源。


「これが報酬になったりしないか?」

「……正気?」


 彼女にはこれが自分の燃料だということや、機械だということは伝えてある。なのでコレがなくなれば機能を停止し、眠りにつく事を知っているし、数に限りがあることもわかっている。


「……これを出されて拒否する旅人はいないよ」

 それに、この魔水晶は高価な物だった。魔力のリソースとしても優秀なのはもちろんだが、一万年前の遺跡からしか出ないので簡単に手に入る物ではない。


「……でもヤダ」

 だが、彼女は喉から手が出るほどの欲求を呑み込んで断ろうとした。


「そうか……理由を聞いても?」

「……だって、絶対貧乏くじ」

「だよな、自分でもソレは否定できない」


 高価な報酬を前に彼女は飛びつかない。いくら美味しい報酬とは言え、彼に手を貸すのは色々と問題が多いのだ。


「……貴方はどっちかというと、遺品、お宝」

「遺跡からの出土品だからな」

「……バレたら面倒なことになるんだよ?」


 一番のリスクは、彼自体が高級品だということだろう。今は普通の人間と変わらない見た目をしているが、中身は一万年前の機械なのだ。


「一万年前の機械に、そんな価値があるのか、もっと最新の機械ぐらい……」

「遥かに衰退してるよ、馬車を使ってるぐらい」

「……悪かった」


 骨董品ではあるが、今よりも一万年前の過去にあった文明のほうが進んでいる。

(オーパーツってやつか、ここが異世界なのか、ファンタジーか……それとも遙か遠い未来のSFか、分類はこの際なんでもいいか)


「これは取っといてくれ、ここまで教えてくれたお礼だ」

「……受け取れない」

 魔水晶をその場に置いて立ち去ろうとする彼の腕を咄嗟とっさに彼女は掴んでしまった。


「……世間知らず、疫病神」

「じゃあ君はお人好しだ」

 彼女はゆっくりと彼を引っ張って椅子に座らせてため息をつく。


「ヘル、種族は……魔人」

「ESC0000、面倒だからエスでいいよ」

「……わかった、エス、よろしく」

 彼女、ヘルは立ち上がると魔水晶を取り上げてカウンターに向かう。


「……お会計、これで」

 眼の前で今渡した魔水晶を支払いに使って大量のお釣りを貰う姿には、彼も苦笑いがつい出てしまった。


「くれるんでしょ?」

「あぁ、好きに使ってくれ」

(しっかりしてるなぁ、まあ、だからこそ教わり甲斐がある)


「で、これからどうするんだ?」

「……今日の仕事は終わり、明日からってダメ?」

「別にダメじゃないな、急がないし、魔物と戦った後だろ?」

「……うん、魔物と戦ってる最中に話しかけてきたのは驚いたけど」


 最初に彼女と出会ったのは、実は戦っている最中だった。

「でも、トドメ刺してるところだし良いかなって」

「……自分で言うのもなんだけど、普通、あの光景に話しかけない」


 最初に出会ったヘルは、倒れている魔猪相手に杖で執拗に殴ってとどめを刺している状態だった。可愛い北欧の民族衣装をミニスカートにしたような服が、斬るよりも血が出にくい殴打にも関わらず、青から赤に変わるぐらいに。


「まあ、魔物相手だしそんな事もあるかなって」

「……もう一度自分が言うのもなんだけど、ないから、ナイフ忘れただけだから」


 詳しく聞けば、本当は倒した後に喉を切り裂いて血抜きをするはずが、前日に壊していたせいで無かったのを忘れており、仕方なく殴っていたらしい。


「……うん、そうだ、ナイフ、ナイフ買いに行こう」

「了解、次も忘れたらアレだもんね」

「……忘れて」

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