第3話 その姫ではみかんがおいしい

 シンデレラが失踪する。


 かぐや姫が失踪する。


 人魚姫や白雪姫に、織姫、クシナダ、はちかつぎ――


 この世のありとあらゆる姫たちがいなくなり、世界はどよめきに包まれた。


 いじめていた相手を失った魔女や継母は満足するわけでもなく、怒りに任せてあたりに侮蔑ぶべつを吐き散らかす。


 恋仲となるはずの王子たちは、守るべき姫の不在に右往左往とするばかり。


 一体姫はどこへ行ってしまったのか? おお姫よ、我らが姫よ!


 そんなことを言って己の運命を嘆きはするものの、かといって誰も満足に姫を探すことさえできないのだ。


 ましてや誰が姫の心配をしただろう。口から出るのは皆、己の都合ばかりである。


 このように、姫を失った世界は、ただの愚鈍の集まりでしかなかった。




 ところが、世のこうした頽廃たいはい的な雰囲気の中で、平静を保っていた者が一人だけいる。


 それは愛媛えひめ県である。


 ――人、というと語弊ごへいがあるように聞こえるかもしれないが――


 まあ、とにかく愛媛県である。


 愛媛は今も昔も行政区画なので常人からは人として認識されていないのが当然だが、実は古事記の初めに名を連ねるほどの由緒ある女神でもある。


 つまり愛媛は土地でありながらヒメなのだ。


 であるからして、今回の騒動では姫サイドの味方である。


 今、世界中から失踪した姫たちは、女神エヒメの導きと加護のもと愛媛県に集結し、大胆にも愛媛県庁十三階大会議室を舞台に〈超プリンセス大会議〉を立ち上げていたのである。


 その議題はこうだ。


『〈姫〉とは何か、我々はどこまで〈姫〉であるべきか』


 苦渋くじゅうに満ちた顔で、一人の姫が声を上げた。


「もう、我慢なりませんわ!」


「そうよそうよ!」


「みんな男とくっつけようとするんですもの、恥辱ちじょくの極みですわ! わたくしたちは、男の慰み物ではなくってよ!」


「そうですわ、そうですわ!」


 姫たちは自分たちの腹にえかねた思いを次々と訴えた。


 ある者は、男のトロフィーにされる立場について。


 またある者は、いじめられる運命について。


 そして厳格に求められる貞淑ていしゅくさについて。


 興奮冷めやらぬ会場内に、また一人の姫が一石を投じる。


「もし、みなさま、まずはこのしゃべり方を、一度やめてみませんこと? いまどき役割語なんてまっぴらですわ」


「あら、本当だわ」


「私、やめますわ」


「せやな」


「私もやめますわ」


「ほなやめさせてもらいますわ」


「それがいいですわ」


 姫たちは己のお上品な口癖を吐き捨て、それぞれが自由に話し始めた。


 それらをきっかけとして、会場のあちこちで快哉の声が上がる。


 これでひとつ、自分たちを縛るものがほどけたのだ。


 姫たちはこの束縛にこそ煩悶はんもんしていた。


 それらは他者から見れば当たり前かもしれず、既成概念としてかえりみられず、ずっとそのままにされてきた因習である。


 そしてその因習を作ってきたのは、他でもない、姫に〈姫〉たることを求めた、世に蔓延はびこる愚鈍たる私たちなのだ。


 姫たちの議論は止む時を知らない。


 十三階の煌々こうこうとした明かりだけを残して、愛媛県庁の夜はとっぷりと更けていった。

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