5.それから。心境の変化
彼女が死んでからというもの、私は、彼女以外にも失ったものがあった。『ヒトを慈しむ』という感情である。人間の醜悪な言動を目の当たりにしてしまったからだ。
事実ではない事柄を憶測で面白可笑しく歪曲させ報道する、家にまで来たマスメディア。全く仲が良くなかったのにも関わらず、彼女が死んだ途端に増えた彼女の親友。悪口を言っていた元クラスメイトがビッグイベントかのように意気揚々と作り、葬式で飾られた千羽鶴。憶測や彼女への侮辱だらけなネット掲示板。なんだよ、“血のバレンタインデー"って。
もう、何も信じることが出来なかった。何日も、何日も食事が喉を通らず、眠れない夜が続いた。誰にも悟られたくない一心から、無理に食べこっそりトイレで吐き、夜は眠っているふりをした。それは、彼女の死を悼む気持ちによるものというより、周りの人々への憎悪と、恐怖によるものだった。しかし、不思議なことに、彼女を殺した陸上部の彼を恨むことはしなかった。そもそも、私は彼女が死んでしまったことを受け入れられなかったのである。脳では分かっているのに、心が理解してくれなかったのだ。
自傷行為が悪化し、希死念慮が常に付き纏う。しかし、周りの人間は信用できない。親にも心配をかけまいと、傷付ける場所を手首から太腿に変え、オーバードーズをする頻度が増えた。誰にも助けを求めることが出来なかったのである。常にヒトに怯えていた。人間は愚かで汚いものだ、非道な事ばかり考える、怖い。
私も。
そう、私も人間なのだ。一人の少女の気持ちさえも理解することが出来ない、高校の同級生が優しく見守ってくれていたのも気づけなかった、どうしようもない人間。殻に篭り、被害者ぶって死にたい、死にたいと嘆く愚かな人間。死ぬことさえもできない、臆病者。陸上部の彼を憎むことが出来ない、小心者。
殺してくれ。
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