第17話 夏祭りとキス ~夕依視点~

 一番のきっかけは、彼女が落ち込んでいそうだから。

 夏祭り当日。気づいたら約束の時間なのに、まだ日向さんが来ない。

「知花っちが遅刻なんて珍しいねぇ」

「といっても連絡も来てないよ?」

「もしかして、何かあったのかな」

 数日前のことを思い出して、焦る。

「ちょっと日向さんの家に行ってみる!」

 自分に責任があるってわかったわけじゃないけど、走り出す。


 インターホンを鳴らすと、出てきたのは母親だった。どうやら、まだ部屋にはいるっぽい。それは安心した。

 約束のことを話したら、珍しいねぇなんて言って、部屋の場所を教えてくれた。本当は今すぐ会いたいけれど、人の家なので走りたい気持ちは抑えて。普通に歩いているだけなのに、とても緊張している。足音が重く感じた。

 部屋のドアの前にはわかりやすくネームプレートがあって。少し深呼吸してから、コンコン、ノックする。返事はあったけど、開けてくれそうな様子はなくて。失礼かもしれないけど、思い切ってドアを開けて。

 そしたら、普段と何も変わらない、でもちょっと悩み事をしていそうな日向さんと目が合って。

「なんだ、準備はちゃんとできてるんじゃない」

 心のままの声が漏れる。とはいえ、相変わらずの暗い顔だ。少しイライラしてしまう。誘ったのはそっちなのに。

 思わず怒りそうになって、それを何とか抑えつつ。行くよ、なんて言って手を引っ張る。なんでだろ、普段はこんなにむしゃくしゃしないはずなのに。

 怒りそうになっている顔を見せられないと思って、結局目を合わせられなかった。それに、二人きりになって、ちゃんと話したい。そんな思いが先行して、とりあえず神社の方向へ走り出した。


 何もしないとイライラしてしまいそうで、とりあえずお賽銭を投げてお祈りする。何を祈ろう、なんて考えられなかったけど、時間がたってか少し気持ちは落ち着いた。隣で日向さんもお祈りしている。

 お祈りして、息が切れてたことに気付いたから近くのベンチに座る。はぁ、はぁ、って私と彼女の吐息だけが聞こえる。そういえば、なんでむしゃくしゃしてたんだっけ。冷静になると、思ったより大したことじゃない気がしてきて、でも理由が自分でも明確にわからなくて。もやもやしている。

「あのさ、小春さ...夕依ちゃん!」

 そんな空気を変えたのは日向さんだった。でも、急に私の名前を呼んで、どうしたんだろう。大きな声にびっくりする。

「ちょっとだけ、目を瞑ってくれない?」

 何も問題の解決にならないお願いだけど、きっと何か狙いがあるんだろう、なんて。この時は軽く考えて了承する。

 そして、日向さんが私の頬にキスをした。


 !?

 私は動揺する。だってそうだ。キスなんて、まだ誰にもしたことがないし、されたこともない。ましてや、女の子からなんて。頭が追い付かない、ってこんな状況のことを言うんだろうか。

「夕依ちゃん、好きです!」




 あぁ、そうだったんだ。パズルのピースがはまったみたいに、いろいろな事への理解が追い付いてくる。私に時折見せる変な動き。修学旅行の好きな人の話。そして何かを隠していた悩み事。

 そして、告白。今まで男子からは何回か受けたけど、それとは全然違う、この気持ち。今の私は、きっと日向さんが気になっている。そんな不安定なまま、笑顔を作って

「私も。」

 無理やりぼかすような、そんな雑な返事をした。自分でもこんな気持ちわからないのに。今返事は出せない、そう思ったけど、向こうは違うみたいで。完全に失恋の後の、今まで見てきた男の子と同じ反応をしていて。違うんだよ、私もあなたが気になってるんだよ、って。言いたかったけど。今はこんな返事しかできない。

 私も、キスをし返す。

 軽い気持ちでやったのに、心臓がバクバクして止まらない。こんな恥ずかしさもうれしさも初めてで、でも日向さんの前ではちょっと強い私でいたくて、こっそり平常心で包み隠した。

 でも、返事はいつか。そんなことしか言えない自分が、弱いことに改めて気づいた。


 少しして柊さんたちが来る。途中から海野さんがのぞいてたのはちらっと見えたけど。あとで口止めしておかなきゃ。そして屋台のほうへ走り出す日向さん。それについていくように歩き出した。

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