第423話 巨狼の怪物

 島に近づくにつれて、さっきのピリッとした感覚が強まってきた。でも、相変わらずレインの方は何も感じていないみたい。


『お姉さん、大丈夫?』

「大丈夫だよ。変な感覚があるだけで、体調とかに変化があるわけじゃないから。多分、何かしらの強い力を感じ取ってるんじゃないかな」

『じゃあ、島っぽい場所に何かいるって事?』

「多分ね。でも、モンスターじゃないね。私の【万能探知】に反応がないから。土地そのものに力があるのかな。それにしては、私にだけピンポイントで何かを送ってきている感じだし……」

『何もしない方が良い?』

「そうだね。攻撃はしないで防御を優先して」

『うん』


 何かがいるかどうかもわからないので、取り敢えず攻撃はしないで貰う。それにしても、【万能探知】の熱感知にも引っ掛からないとなると、生き物はいないで決定かな。そんな事を思っていると、島が見え始めた。そして、その上に生き物がいるのが見えた。私の感知から逃れる事が出来る力があるらしい。

 だけど、そんな事はどうでも良い。だって、その島にいたのは、二階建て一軒家よりも巨大な狼だったのだから。


「フェンリルだ! 絶対にフェンリルだ!」


 全力で飛んで、狼の前に降りる。そこで、私の身体を刺激しているピリッとした感覚が、この狼から来ている事がよく分かった。

 狼は、全身を紐で縛り上げられており、その紐は、近くにある穴の中に落ちていた。それに口にはつっかえ棒をされている。でも、意識はしっかりとあるみたいで、私の事を睨んでいた。これがピリッとした感覚の正体だ。


「こんにちは! あなたはフェンリルで合ってるかな?」


 声を掛けると、狼が大きく咆哮した。紐とつっかえ棒のせいで声量は落ちていると思うけど、湖に波が生じる程の声量だった。


「それは肯定かな。分かりにくいから、この拘束解いちゃおうか」


 私がそう言うと、狼は驚いたように目を瞬いていた。狼にとっても予想外の事だったらしい。まぁ、拘束されている時点で、絶対に解かない方がいいのだろうけど、目の前にいる狼は、毛並み、大きさ、見た目、その全てが百点のフェンリルだ。テイマーズ・オンラインに負けず劣らずのフェンリル。絶対に一緒に来てもらう。


『お、お姉さん……大丈夫なの?』


 追いついてきたレインが心配そうにそう言った。どう考えても危険だと思ったからだろう。まぁ、私もそう思う。それでも譲れないものがある。


「一旦、レインは戻っておいて貰うね。私一人なら、空を飛んで全速力で逃げられるから」

『……うん。気を付けてね』


 フェンリルが暴れた場合、レインでも取り押さえられるかは分からない。相手が水や氷で出来ているわけじゃないからだ。近くにある圧倒的な水量も、フェンリルに対して効果があるかは分からない。安全第一で考えれば、レインを帰す判断は間違っていない。

 私は、最悪【雷化】を使えばどうにかなるかもしれないので、問題は無い。レインをギルドエリアに戻して、神殺しを取り出す。これなら、この紐みたいなのも切れるだろうから。


「大人しくしててね。この刀、神に対する特効があるから」


 私がそう言うと、狼が唸る。でも、身動きはしない。私が持つ神殺しが危険なものだと本能で理解しているのかもしれない。狼を縛る紐と狼の隙間に神殺しを慎重に入れていく。結構硬いけど、神殺しは紐を順調に切っている。

 そして、一箇所を切ると、狼の口周りの拘束が解けた。


『何のつもりだ?』

「うわっ!? 喋った!?」


 まさか喋るとは思わなかったので驚いた。このゲームのフェンリルは喋るらしい。


「こんにちは。私は、ハク。あなたは?」

『フェンリルだ。貴様は我を知っているのではないのか?』

「あなたみたいな大きな狼はフェンリルかもしれないっていうのは知っているって感じかな」

『そうか。貴様は、何故我の拘束を解く?』

「え? 一緒にいたいから」


 フェンリルの問いに答えると、フェンリルは唖然としていた。何か別の望みがあると思ったみたい。


『災いを望むのではないのか?』

「うん。一緒にいて欲しいだけ。欲を言えば、その身体の毛並みを堪能したいかな。駄目?」


 私がそう言うと、フェンリルはやっぱり唖然としている。フェンリルについての知識は、主神を食べたとかくらいしかないけど、恐ろしい神様という事は知っている。だから、普通は災いを望む人が封印を解くと思っていたのかもしれない。


「悪いようにはしないよ」

『…………よく分からん奴だ』

「あなたは、災いをもたらしたいの?」

『それが我が生まれた理由だ』

「それはやりたい事なの?」

『…………』


 生まれた時からそういう風に刷り込まれていたものだけど、それがイコールやりたい事になるとは限らない。フェンリル自身も同じように考えているから、言葉に詰まっている。


「私と来て、一緒に本当にやりたい事を見つけてみない?」

『……拘束を解いた瞬間、貴様を殺すとは思わないのか?』

「殺すの?」


 ジッとフェンリルを見てみる。フェンリルは、しばらく何も答えなかったけど、小さく息を吐いた。


『……良いだろう。貴様の提案に乗ってやる』

「良いの!?」

『騙されて、ここに封じられて以来、自分の存在意義に疑問を持っていたのは事実だ』

「本当!? やった! やった! それじゃあ、拘束を解くね!」


 約束を取り付けられたので、フェンリルの拘束を次々に切っていく。どんどんと拘束がなくなっていき、フェンリルが立ち上がった。立ち上がったフェンリルは、その迫力のせいか、さっきよりも大きく見える。いや、違う。フェンリルの大きさが、どんどんと大きくなっているみたい。


「わぁ……どこまで大きくなるの?」

『やろうと思えば、天井を破る事は出来るだろうな』

「そうなんだ。でも、大きすぎるから、もう少し小さくなって」

『そうか』


 フェンリルは、普通に言う事を聞いてくれて、さっきと同じくらいの大きさになった。それでも二階建ての一軒家より大きいので、私はフェンリルの足よりも小さい。


「身体に問題はない? 一応、お肉とか持ってるんだけど」

『……貰おう』


 フェンリルの前に大量の生肉と焼けた肉を出していく。山となった肉をフェンリルがどんどんと食べていく。良い食べっぷりに、私も満足だ。


「今の状態よりも小さくなれる?」

『なれるが、そこまで小さくなった方が良いのか?』

「そうだね。出来れば、私よりも少し大きいぐらいが良いかな」

『そうか』


 お肉を食べ終えたフェンリルが、私よりも少し大きいぐらいになった。現実にはいないくらいの大きさをした狼だ。そのお腹に身体を埋める。玉藻ちゃんに負けず劣らずの毛並みだ。これにブラッシングをしていけば、どんどん良くなっていくはずだ。楽しみすぎる。

 私がフェンリルの毛並みを堪能している間、フェンリルは全く動かないでくれた。


「最高!」

『そうか』

「それじゃあ……どうやって、ギルドエリアに来てもらえば良いんだろう?」

『我と契約すれば良い』

「契約? どうするの?」

『頭をこちらに向けろ』


 言われた通りに、頭をフェンリルの方に向けると、フェンリルが頭を私の頭に重ねた。すると、私とフェンリルの間に魔法陣が現れて、それが私の頭に吸い込まれていく。


『巨狼の怪物フェンリルとの契約を結びました。スキル【巨狼の怪物との契約】を収得します』


 契約が結ばれたメッセージが出て来る。


────────────────────


【巨狼の怪物との契約】:フェンリルとの契約。フェンリルを自由に喚び出す事が出来る。ギルドエリア以外で喚び出した場合、フェンリルはパーティーメンバー扱いになる。パーティーに空きがない場合には喚び出す事は出来ない。控えでも効果を発揮する。


────────────────────


 これで喚び出せるみたい。扱い的には、テイムモンスターではなく、玉藻ちゃん達と似たような感じみたいだ。


『我はここから出る。貴様のいう場所に喚び出せ』

「うん。すぐに喚び出すね」

『ああ』


 ここで頷いたフェンリルは、物凄い速度で駆け出していった。あの速度だと、私も逃げ切れるか怪しかったかも。結構簡単に交渉が成功して良かったな。

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