第383話 一つの決意

 しばらく歩いていると、急に玉藻ちゃんが止まった。


『ふむ。これだけの範囲を倒せるのであれば、もっと速く移動しても良さそうじゃのう』

「走るって事ですか?」

『そうじゃな。じゃが、ただ走るのでは面白くないじゃろう?』


 玉藻ちゃんがそう言うと、玉藻ちゃんの身体が煙に覆われて巨大化していき、大きな九尾狐になった。


『妾に乗れば、速く進めるのじゃ。メアは、モンスターの処理を頼むぞよ』

『オッケー♪』


 メアとマシロが玉藻ちゃんに乗ってしまうので、私と跳び上がって玉藻ちゃんの背に乗る。


「重くないですか?」

『この程度軽すぎるくらいじゃ。しっかりと掴まっておるのじゃぞ』


 玉藻ちゃんが走り始めたけど、全然揺れがやってこない。それもそのはず。玉藻ちゃんは地面すれすれを浮きながら移動していた。

 そして、何よりも玉藻ちゃんの身体が最高だった。尻尾の毛並みが素晴らしかったから当たり前かもだけど、身体の毛並みも素晴らしい。ふわっとしていて私の身体を包み込んでくれるかのような柔らかさに、程よい体温が私を夢中にさせる。


『妾の毛並みが気に入ったようじゃな。じゃが、周囲を見ない事には、探索が終わったとは言えぬのではないかのう?』

「うっ……そうですね」


 身体全身でもふもふを味わいたい欲求を抑えつけて、身体を起こし周囲を見回す。モンスターに関しては、私が見えるような場所にいるのはメアが倒してくれているので、見てしまう心配がない。

 こうして黄昏エリアを見回してみると、夕焼けに照らされた平原という感じが強い。私の故郷に似ているという事はないけど、郷愁に駆られそうになる。どこか懐かしいような雰囲気を醸し出しているエリアって感じだ。


「マシロ。何か感じるものとかある?」

『ないわ。あの光のわりに光の力が薄いって印象かしら?』

「薄い?」

『ええ。闇が広がっているという訳でもないと思うのだけど』

『マシロの言う通りだよ♪ モンスターの中にも光は存在してるね。でも、比率的には闇が多いかな』

「モンスターに関しては、闇が強いんだ?」

『うん♪』


 モンスターに関しては闇が強いけど、このエリア全体で言えば、闇も光もそこまで広がっていないらしい。


「黄昏だからかな?」

『その可能性はあるかもしれぬのう』


 光と闇の狭間の時間帯と考えれば、拮抗した状態というのも納得出来る。この調子だと、二人に進化を促す力は無さそうだ。特に何もない平原が続いていく。時々玉藻ちゃんが尻尾で視界を塞いでくるのは、見える範囲にモンスターがいたりするからなのかな。メアも次々に倒しているけど、それでも追いつかないくらいには、モンスターの数が多くなっている。

 【万能探知】で分かる範囲でもそれが間違いない事だというのは分かる。ただ、玉藻ちゃんが安全かどうか判断して、尻尾を動かしてくれるので見える範囲は調べていく。


「う~ん……結局何もない場所なのかな?」

『そうじゃのう……向こうの方に廃墟があるのじゃが、行ってみるか?』

「廃墟ですか?」

『うむ。廃村などではなさそうじゃな』

「行ってみましょう。メア、よろしくね」

『まっかせて♪ 優先して倒しておくよ♪』


 玉藻ちゃんとメアのおかげで、モンスターを見る事なく進んでいく。少しずつ、私にも廃墟が見えてきた。玉藻ちゃんに言われた通り、廃村というよりも一軒家らしきものが建っていたという感じみたい。完全に壊れていて、元がどんな大きさだったのか、どんな形だったのかは全く分からない。

 そして、廃墟の横に小さな畑らしきものもあった。ここで自給自足の生活を送っていたって感じなのかな。


「う~ん……ん? あった」


 廃墟の中に青い靄があった。【心眼開放】で固めると、一枚の紙になった。


『ほう! 鬼火を元に戻していたものじゃな! こんな事も出来るんじゃのう』

「まぁ、今となってはおまけ効果ですけど」


 【心眼開放】に【霊峰霊視】が内包されているから、この力を使えるけど、【心眼開放】の本領は動きをスローモーションで見えるようにする事だ。なので、どちらかと言うと、この効果はおまけだと言える。


『ふむ。妾としては、こっちの方が好みじゃがのう。それで、何と書いておるのじゃ?』

「あ、そうですね」


 言語系のスキルを装備して、紙に書かれている内容を読む。玉藻さんも、私の肩に越しに見ていた。


『急に朝と夜が来なくなった。夕方の空が続く。だが、気温などに変化がない。一体どういう事なんだ。それに、気が付いたら外に得体の知れない何かが彷徨いている。あれを見た人が次々に発狂してどこかに消えていった。あれは見ちゃいけない。ほんの少し見た俺も頭の中がおかしくなりそうになっている。いや、もう既におかしいのかもしれない。だって、外から声が聞こえるんだ。亡くなったはずの妻と息子の声が……』


 書かれていた内容は、こんな感じだった。このエリアの説明的なものなのかな。それにしては、エリアの奥にあるけど。


「これって、私が見ても同じようになりますかね?」

『ここまでとはいかぬと思うが、敵味方の区別は付かなくなるじゃろうな。そして、狂ってしまった者は、得てして狂った事に気付かぬものよ』


 ここの混乱状態は、プレイヤーも気付きにくいって事かな。アカリと相談して、混乱対策を練らないと駄目かな。毎回玉藻ちゃんが来てくれる訳でもないし。


「早めにボスエリアを突破した方が良いかな」

『ふむ。ここを統治するものを倒すのじゃな。では、参るぞ』


 やる気満々の玉藻ちゃんが、再び九尾狐になって駆けていく。そうしてエリアの最奥に行くと、ボスエリアへの転移場所を見つけた。マッピング的には、まだ半分くらいだけど、まともな攻略が出来るエリアじゃないので、一旦ボスを突破して次のエリアに行けるようにしておく。ここの探索は、対策を練ってからだ。

 ボスエリアに転移すると、即座に玉藻ちゃんの尻尾が私の顔に巻き付いた。


「玉藻ちゃん?」

『これは不味いのう』


 【万能探知】で分かる分には、ボスモンスターは、巨大なスライムだ。でも、玉藻ちゃんが即座に目を覆ってきたという事は、黄昏エリアのモンスター達と同じく見ただけで混乱状態になるようなモンスターなのだと思う。


『ハク、メア達をギルドエリアに帰すのじゃ』

「【送還・メア】【送還・マシロ】」


 指示に従ってメア達をギルドエリアに帰す。メア達が見ても危険があるという風に判断したみたい。


「眼を瞑って戦った方が良いですか?」

『出来るのじゃ?』

「【万能探知】と【心眼開放】で視界がなくても戦えはします」

『化物より化物じゃのう。じゃが、その必要はないのじゃ。妾がどうにかしてやろう』


 玉藻ちゃんがそう言うと、【万能探知】に映っているボスモンスターが細切れになっていった。そして、その細切れになった身体が次々に稲荷寿司に変わっていく。この光景を【万能探知】ではなく、実際に見ていたら唖然としていたと思う。


『うむ。上手くいったのう。この状態も長くは続かないのじゃ。早食いで頼むぞよ』

「あ、はい」


 ここから稲荷寿司の早食いが始まった。吸血の効果で、一気に吸い取れるとはいえ、この作業はかなり辛かった。身体が稲荷寿司になるのではという程の量の稲荷寿司を食べ終えると、【黒腐侵蝕】を獲得した。まぁ、持っているから経験値になったけど。ついでに、ボスモンスターの名前も判明した。混沌粘体というモンスターらしい。この感じで考えると、混沌粘体からは持っているスキルしか手に入らないかな。

 そして、混沌粘体からは、良い称号も貰えた。


────────────────────


【混沌に対抗する者】:黄昏エリアにいる間のみ、混乱状態の効果が弱体化する。


────────────────────


 最近はエリア内で攻撃力が上昇する系の称号ばかり手に入っていたけど、ここに来て、エリアに適応出来る称号を手に入れた。これで、黄昏エリアの探索もやりやすくなりそう。まぁ、混乱対策は練るけど。

 ボスも倒せたので、次のエリアである廃都市エリアに転移する。廃都市エリアは、PvPイベントの時に使っていた廃都市のステージに似ている。ちょっと広大になったような感じもするけど。


『うむ。ここは大丈夫そうじゃな。エアリー達と自由に探索すると良い』

「そうなんですか?」

『うむ。空を見てみよ』


 そう言われて空を見たら、太陽が昇っていた。黄昏エリアの影響は、ここまで届いていないみたい。


「なるほど」

『うむ。では、妾は、そろそろ戻るのじゃ。くれぐれもさっきの場所に戻ろうなどと思うでないぞ』

「あ、はい。対策を練ってからにします」

『うむ! 良い良い』


 玉藻ちゃんは、尻尾で私の事を撫でてから、どこかに転移していった。多分妖都かな。そして、この経験から一つ心に決めた。


「絶対にもふもふを手に入れる!」


 出来れば、犬系が良いかな。

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