第379話 傾国の美女
鳥居を潜ると、周囲の雰囲気が変わった。この感覚は天聖竜がいた場所や邪鬼竜がいた場所に似ている。つまり、聖気と魔気に満ちているような感覚。まるで、私の身体の中みたいだ。建物の入口の前で止まる。勝手に入るのは、絶対に失礼なので、まずはノックからだ。
そう思っていたら、襖が開いた。これは中に入れという事だろう。一応、和室っぽいので靴を脱いで中に入る。大きな広間だけど、奥にまた襖がある。待機室みたいなイメージかな。
その広間の中央で待っていると、急に背中から手が回ってきた。その手が、私の頬を撫でてくる。
『ふむ……察しは悪いようじゃな。それとも、邪気がなければ分からぬか?』
綺麗な女性の声がした。そして、同時に視界の端に狐っぽい尻尾が見える。やっぱり思っていた通りの妖怪で合っていそう。
『妾の声を聞いても、正気を保っていられるとは驚きじゃな。ただの鬼ではなかろう?』
「えっと……【色欲の大罪】を持つ悪魔でもあります」
『ほう! 色欲とな!? 幼げな顔をしてやるではないか。ふむ。という事は、特定の相手がおるという事じゃな?』
「あ、はい」
『ふむ……それは惜しいのう。昔痛い目におうてから、人のものには手を出さぬように心掛けておるのよ。それでも抑えきれぬ時もあるがのう』
そう言う彼女の手は、私の頬を撫で続けている。本当に心掛けているのか疑問でしかない。
『其方の魅力は凄まじいのう。妾も魅了されそうじゃ。この様子だと、妾の楽しみもなさげじゃのう』
「楽しみですか?」
『うむ! 女子には女子で、男の子には男の子で迫るのじゃ。己の嗜好が歪められそうになっている姿を見るのは、愉悦じゃ!』
割と凄い事をしていた。でも、男性プレイヤーには男性で、女性プレイヤーには女性で接するという事みたい。この話から考えるに、一対一でしか会わないって感じなのかな。
私の頬を撫でるのに満足したのか、彼女は私の前に回ってくる。その際、尻尾で私の身体を撫でてきた。ふわふわとした体毛が、ちょっと気持ち良い。久しぶりにフェンリルに囲まれたいなとも思った。
そうして、前に出て来てくれた事でようやく姿がよく見える。服装は和服で、サクヤさんがくれた和服よりも数段煌びやかな感じだ。私だと似合わないけれど、彼女が着ると和服の方が引き立て役になっている。
それもそのはず。彼女の容姿は、これまで見た事のないレベルで綺麗だったから。この容姿なら、魅了される人が沢山いるのも頷ける。
『おっと! 妾とした事が名乗っておらんかったのう。妾は、白面金毛九尾狐……またの名を玉藻前! 気軽に玉藻ちゃんと呼ぶが良いぞ!』
玉藻ちゃんが大きく胸を張って自己紹介をする。ドヤ顔をしながら胸を張っている玉藻ちゃんの豊かな胸が揺れていた。着物の上からだから確証はないけど、アク姉に匹敵するかもしれない。恐ろしい戦力だ。
玉藻ちゃんの正体である玉藻前は、傾国の美女としても有名な九尾狐の妖怪だ。討伐された後は殺生石になったと言われている。まぁ、実際は火山性のガスが原因らしいけど。
「あ、ご丁寧に。私は、ハクです」
『ふむふむ。ハクじゃな。一つ問うが、其方が持っているのは、色欲だけなのかのう? 其方からは、不思議な気配がするのじゃ』
「えっと、吸血鬼、天使、悪魔、鬼、精霊、竜が混ざってます。後、【嫉妬の大罪】も持ってます」
『ほう! それはそれは……面白いのう! ふむふむ……』
玉藻ちゃんは、少し考え始める。その一つ一つの所作が美しく魅入ってしまう。声だけで魅了状態になってしまうという話もあながち嘘じゃないのかもしれない。私は魅了状態を無効化するけど、普通のプレイヤーは無効化なんて事は出来ない。せめて、抵抗するくらいだ。こうしてまともに話せている現状は、全て【色欲悪魔】のおかげだ。最初は名前で否定的だったけど、こういう面では感謝しかないかもしれない。
『其方の話は、色々と面白そうじゃ。根掘り葉掘り聞きたい。となれば……女子会じゃ!!』
「へ?」
『最後に開いたのは、男子会じゃったからのう。女子会は久々じゃ! 狐達よ。あやつらを呼んで参れ!』
玉藻ちゃんがそう言うと、入口の前にいた狐達が駆け出していった。玉藻ちゃんがあやつらと呼んだ誰かを迎えに行ったらしい。玉藻ちゃんの交友関係には、全く詳しくないので、どんな人……というか妖怪か。妖怪が来るかは分からない。
『良いのう。良いのう。楽しみじゃのう。楽しみじゃのう』
ウキウキの玉藻ちゃんは、小刻みにステップを踏みながら身体を揺らしている。それと同時に胸もゆさゆさと揺れていた。本当にアク姉に似ている。
『そうじゃ。女子会なら食べ物は外せんのう! ハクよ。稲荷寿司は好きかのう? 前に神と間違われて、稲荷寿司が献上されてのう。それから大好物になったのじゃ!』
神と間違われたというのはお稲荷様の事なのかな。ただ、お稲荷様って狐のイメージだけど、実際は神使が狐ってだった気がする。そこを含めて間違えた人がいたって事なのかな。でも、そのおかげで玉藻ちゃんの大好物にもなったみたいだし、良かったと考えておこう。
「そうなんですね。私も好きですよ」
『うむ! では、問題ないのう! 狐達よ! 稲荷寿司とお茶じゃ!』
さっき誰かを迎えに行かせたばかりなのではと思ったけど、外を走り回るような音が聞こえるので、私を迎えに来た狐達の他にも沢山いるみたい。女子会に稲荷寿司とお茶は、どうなのだろうとは思ってしまうけど、これはこれで楽しそうではある。
というか、さっきまで妖艶な感じだったのに、今はちょっと子供っぽい。こういうギャップが人を虜にさせるのかな。
『ともあれ、集まるまでは、暇じゃのう。揉むか?』
玉藻ちゃんが自分の胸を持ち上げながら訊いてくる。確かに、これを異性にやっていたら、年齢制限が変わってきそうなので、男性には男性で接するという設定は必要だったかもしれない。
「姉で間に合っているので大丈夫です」
『今時の人間に合せてみたんじゃがのう……』
余程自信があったのか、玉藻ちゃんはちょっと落ち込んでいた。四六時中アク姉からくっつかれていた身としては、別にそこまでの魅力としては映らなかった。
『ハクに寄せてみるかのう』
「玉藻ちゃんは、今のままがお似合いだと思いますよ」
『うへへ、そうかのう』
玉藻ちゃんは嬉しそうに頷いていた。滅茶苦茶ちょろ過ぎて心配になるレベルだ。
『それなら、特別に尻尾に触っても良いぞ』
「じゃあ、お言葉に甘えて」
玉藻ちゃんが座って尻尾を揺らすので、有り難く触らせてもらう事にした。さっき撫でられた時にも思ったけど、最高の質感でふわふわと気持ち良い。一本の尻尾を触っていたら、残り八本の尻尾で包み込まれる。仄かにする花の香りは、玉藻ちゃんの匂いかな。
包み込まれた状態と良い匂いで、上質なベッドの中にいるような気分だった。存分に堪能していると、誰がやってくる音が聞こえてきた。玉藻ちゃんが尻尾を退かして、入口の方を見えるようにしてくれる。そこには、ヘビ柄の和服を着て首に大きな蛇を巻いた女性と紅葉柄の枠を着た鬼の角が生えた女性と蜘蛛の巣柄の和服を着た女性がいた。この三人が女子会のメンバーらしい。全員美人さんという事で、ちょっと緊張しそう。
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