第184話 アドバイスとアドバイス

 その日の夜。私は、師範の元を訪ねて、隠密双刀で稽古を受けた。【短刀】のレベル上げをするためだったけど、その他にも色々と知る事が出来た。それは、【第六感】の恩恵だった。速い相手には、【未来視】よりも感覚で知る事が出来る【第六感】の方が優れていたのだ。師範の攻撃がどう来るか感じ取る事が出来たから、いつもの防戦一方から反撃が出来るくらいになっていた。

 稽古終わり、師範は腕を組みながら、私をジッと見ていた。


「ふむ。一皮剥けたようだな」

「そう思いますか?」

「うむ。感覚でこちらの攻撃を読む事が出来ているようだからな。視る段階を過ぎたのは、良い事だ。速度も申し分ない。だが、圧倒的に経験が足りておらん」


 いつも通り師範の言う事は、完全に的を射ている。スキルが大きく変わった事で、経験値が足りていないからね。


「しばらくは、こっちよりも刀刃の隠れ里に通うと良いだろう」

「師匠の元だけ行けと?」

「そうだ。儂から得られるものよりも、あちらから得られるものに集中した方が良いだろう。お前は、他にもやることがあるだろうしな」

「分かりました」

「うむ。では、帰れ」


 そう言われて、師範の家を追い出される。しばらくは、師範の顔を見る事はなくなりそうだ。スキルのレベルが上がったら、また来よう。

 そう決めて、今度は刀刃の隠れ里に転移する。すると、金属同士がぶつかり合う甲高い音が響いてきた。一瞬、師匠が家を直すために鍛冶でもしているのかと思ったけど、全く違った。音がする方を向くと、高速で移動しながら攻撃している師匠と、その攻撃に反応して防いでいるソルさんの姿があった。

 一応、同じ師匠から【刀】を学んでいるので、ここにソルさんがいる事に驚きはない。でも、ソルさんの動きには驚きを隠せない。師範は、現在青狐になっている。つまり、速度が強化されている状態だ。私でも勘で防ぐ事しか出来ない速度を、ソルさんは完全に目で追っていた。顔の向きや身体の動かし方で分かる。

 それから十分程見学していると、二人が動きを止めてこちらに来た。


「ハクちゃんも辿り着いたんだね。【刀】は取った?」

「いえ、まだ【片手剣】を育ててないので。ちょっと色々優先する事もあって」

「【吸血】持ちだもんね。私達が持つスキルよりも多くのスキルを持てるだろうから、育てたいスキルも沢山あるんだろうね」

「そんな感じです」


 そんな話をしている間に、師匠が私の後ろに回って抱きしめてきた。HPが減っていくので、完全に生気を吸い取っている。吸うのは良いけど、せめて断りはいれて欲しい。


「でも、【刀】を取る気があるのなら、【両手剣】もやった方が良いかもね」

「それは一理あるわね。片手でも両手でも使えるようにしておいて損はないから。まぁ、あなたは、片手だけで十分だと思うけれど」

「あぁ、なるほど。【双剣】との組み合わせで【二刀流】が派生するという事ですか」

「正解よ。あなたは、【双剣】を持っていないから、教えても意味が無いでしょ?」

「まぁ、そうですね。やろうと思えば、スキル無しでも出来ますし」


 ソルさんは、即座に【二刀流】の存在に気付いた。まぁ、師匠がソルさんに伝えなかった理由と私がいる時には言う理由を考えたら、普通に辿り着く答えだ。


「二刀流の経験が?」

「まぁ、昔ちょっと」

「そう。せっかくだから、三人で少し話さない? 色々と良い情報交換になると思うのだけど」


 一体何の情報交換をするつもりなのか、私には見当も付かない。


「せっかくなんですけど、これから恋人と約束があるので」

「ああ、前のイベントで言っていた方ですか」

「うん。自慢の恋人だよ。ハクちゃんはいないの?」

「そうですね。好きな人とかは出来た事ないので」


 正直にそう答えると、ソルさんは小さく微笑んだ。


「それなら、一つアドバイス。恋心だったり愛だったりするものは、必ずしもすぐ自覚出来るとは限らないの。今こうしているハクちゃんも実は既に好きな人がいるかもしれない。だから、もう一度自分が他人に抱いているものを考えてみたら、気付く事が出来るかもね。後は、気持ちはしっかりと伝える事。後悔する事になるから」


 ソルさんはそう言って、私の頭を撫でると、どこかに転移していった。


「ふむ。人に歴史有りね」

「そういう話でした?」

「告白せずに振られたって話だと思うわよ」

「師匠って、デリカシーがないって言われません?」

「ふふ、品行方正としか言われた事ないわね」

「へぇ~」

「今日は、黒狐で相手してあげるわね」

「えぇ~……」


 師匠の怒りを買ってしまった。でも、変な事を言う師匠も悪いと思う。その後、十分に生気を吸い取った師匠による黒狐での稽古を本当に受ける事になった。武器で受けると壊される事間違いなしなので、ひたすら避け続ける。

 師範との稽古で分かっていた事だけど、ここでも【第六感】は、良い働きをしてくれた。【未来視】と違って、感覚で分かる分、師匠の攻撃もしっかりと認識出来る。速さで言えば、やっぱり青狐の方が速い。厄介なのは、それでも通常状態よりも速い事と赤狐並みの力、そして、刀そのものだった。頬を掠るだけで、HPが五割削れた。攻撃力の高さというよりも、変化した刀の持つ何かって感じがする。

 五分くらい黒狐の稽古をしたら、師匠も許してくれたのか動きを止めて、また私を抱きしめてきた。黒狐は生気を消費するって言っていたから、ここでも補給したいって感じなのかな。多分、稽古はまだ続くって意味でもある。

 師匠に生気を取られながら、私は血を飲んで回復する。


「感覚で視れるようになった?」

「え? あ、はい。そうですね」

「ふ~ん……なら、更なる課題を与えるわ。目を使わずに雪兎と戦い続けて」

「……ほぼ同じ事を姉がしてました」

「わぉ、お姉さん化物ね」


 人の姉に何てこと言っているのだろうと思ったけど、実際にやっている事が化物じみているので、否定出来なかった。


「何か理由があるんですか?」

「視覚を潰されても良いようにね」

「想定が怖いですね。でも、分かりました。師匠が言うのなら、ちゃんと理由があるんでしょうし」

「今理由を言った気がするのだけど」


 絶対それだけが理由じゃない。師匠が、視覚が潰された時用だけで、そんな課題を出すとは思えないからだ。何かとスキルに関してのアドバイスが入っているので、これもスキルに関する事だと考えられる。一番初めに思い付くのは、フレ姉が持っていた【天眼】だ。もう一つの視界を得るとかだったかな。

 多分、さらにその先に理由がありそう。ここら辺は深く考えずに、師匠のアドバイスに従ってみようと思う。そう思えるだけのSPがあるからだ。


「よし。補給完了。それじゃあ、今度は普通に稽古しましょうか。使うのは、純粋に武器だけ。その短刀で良いわ。黒狐は使わないから、今度は壊さないわ」


 前に隠密双刀を壊した事を気にしていたのか、そんな事を言われた。まぁ、壊さないでくれるにこした事はない。使われるのは、白、赤、青の狐面。最初に戦った時に使われたものだけだ。狐面の色がこれだけなのかは分からないけど、分かっているものだけというのは有り難い。前は本当に苦戦したけど、今は少し戦えている。ステータスを強化するスキルが進化したりした事もあって、前よりも遙かに戦いやすくなっているみたいだ。


「前よりも強くなっているわね。でも、まだまだ足りないわ。防御に回っていないで、攻撃してきなさい!」


 そう言ってくる師匠の猛攻は、一切緩まない。こんな状況で攻撃をしてこいだなんて、無茶も良いところだ。何とか被弾覚悟で、攻撃をしようとしたけど、その出だしから封じられてしまった。向こうの方が武器の取り回しは難しいし遅いはずなのに、こっちの攻撃は一回たりとも当たりはしなかった。

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