第185話 稽古の後の癒し

 最終的に、私は地面に大の字で転がる事になった。師匠には、上から見下ろされていた。


「はぁ……はぁ……」

「そんなんじゃ、せっかくの感覚も勿体ないわよ」

「師匠が容赦ないのが悪いと思います」

「容赦したら意味ないでしょ。ほら、生気を貰うわよ。自動的に回復するようになっているみたいだし」

「あ~、まぁ、そうですね」


 【聖血】の効果である常時HP回復は、しっかりと働き始めていた。回復速度は、そこまで早くないけど、【蓄積】に自動的に溜まるので助かる。回復速度の遅さは、闇の因子が関係していると思う。


「そうだ。ちょうど良いから、温泉に行くわよ」


 寝っ転がっている私の首根っこを掴んでから、肩に担ぎ上げた。米袋になった気分だった。そんな中で気になる言葉が混じっていた事に気付いた。


「温泉? そんなものがあるんですか?」

「あるわよ。闇の眷属には、刺激が強いけど、そこまで光の因子を持ってるなら大丈夫でしょ」


 禊ぎの水で出来た温泉とかなのかな。取り敢えず、聖属性の温泉という事は間違いなさそうだ。まぁ、【聖人】の効果で聖属性への耐性が上がっているから、神の要素が入っていなければ、大丈夫だろう。


「……電気風呂みたいになってるのかな」

「電気風呂? 危ないお風呂があるのね」

「そんなビリビリするやつじゃないですよ。ちょっと痛いけど」

「へぇ~、私も電気を扱えるようになったら、作ってみようかしら」

「一体どこから電気を持ってくるんですか?」


 ここに発電器具などはないので、電気風呂を作るにしても大元がないという状態だった。自作するにしても、そんな材料があるようには思えないので、ほぼほぼ無理な気がする。


「……まぁ、そこは追々考える事にするわ。ここが温泉よ」


 師匠に降ろされた私の目に入ったのは、木で出来た門だった。その奥は、洞窟のようになっている。師匠が門を開けて入っていったので、その後に続いて私も入る。すると、シャワールームに入った時のように、湯浴み着に強制的に着替えさせられた。

 そして、気が付いたら、師匠も湯浴み着になっていた。師匠は、この事を気にした様子もなく、まっすぐ前を歩いて行く。大人しく付いていくと、洞窟の中に仄かに光る温泉が現れた。周囲にあるものも仄かに周囲を照らす苔だったりして、神秘的な印象を受ける。

 その中で、師匠は、置かれているランタンに火を灯していく。周囲をガンガンに照らす程の光量ではないけど、さっきよりは周囲が見やすい状態になった。


「さっ、入るわよ」


 そう言って温泉に入っていった師匠に続いて、私も足を浸ける。聖属性の温泉である事は師匠との話で確定していたので、ちょっと心配になっていたけど、軽く刺激を受けるくらいで、ダメージにはならないくらいのものだった。

 ちょっと安堵しつつ、肩まで浸かる。


「ふぅ~……」


 仮想空間ではあるけど、温泉の感覚は現実に近いものだったので、思わず大きく息を吐いてしまった。

 そんな私の傍に来た師匠が、私を掴んで自分の前に移動させてきた。その結果、私は師匠を背もたれに温泉に浸かる事になる。


「生気を吸うために来たんだから、離れていたら、意味ないでしょう」

「あっ、そういえば、そうでしたね」


 温泉の気持ちよさで、ここに来た目的を全て忘れていた。


「どう? 体力は回復しているかしら?」

「えっと、別に普段の回復速度と変わりないですね」

「そう。もしかしたら、回復速度に影響してくるかと思ったのだけど、期待外れね」


 【聖血】による回復速度は、温泉の影響は一切受けていない。まぁ、ダメージを受けないだけ有り難い事ではあるけど。


「私、闇の眷属なのに、どんどん光の方向に進んでいるんですよね。吸血鬼として、今の状態は良いことなんでしょうか?」


 ただぼんやりと温泉に浸かっているのも勿体ないので、適当な話題で師匠と話す事にした。AIの向上で、本当に違和感なく話せるようになったから、こういう風に師匠の分野と関係ない話をしても、普通に答えてくれる。


「そうね。私は、吸血気じゃないから、はっきりとした事は言えないけど、普通にいいんじゃないかしら。聖属性を持った吸血鬼に進化するかもしれないわよ」

「でも、吸血鬼は、闇の眷属なんでしょう?」

「吸血鬼にも種類があるから」

「そうなんですか?」


 この種類というのが、【吸血鬼】や【真祖】ではないとしたら、私には初耳の事だ。まぁ、初耳じゃない情報なんて、ほぼほぼないけど。


「色々とね。どんな吸血鬼になるか楽しみね」


 種類は教えてくれなかったけど、これから進化の先がある事が分かった。【真祖】のその先が楽しみになってきた。


「そうだ。もし、闇の因子を強化出来るとしたら、どうする?」

「闇の因子を? それは、是非やりたいですけど」


 現状、光の因子が多くなるスキル構成になっているので、闇の因子の強化はやっておきたい事ではある。これが因子の融合に繋がって、弱点の一つを完全克服する事になるかもしれないし。


「なら、私の血を吸ってみて」

「師匠の血をですか? 前にも飲みましたけど……」

「良いから良いから」


 師匠にそう言われたので、その場で対面になるように向きを変えて、師範の首元に魔力の牙を立てる。前に飲んだ時みたいな美味しい血ではなく、何かどす黒い何かが口の中に入ってきた。口の中は見えないけど、それでもそうとしか表現出来ない。変な隠し味を大量に仕込んだアク姉のカレーに似ている感じがする。カレーの味があるだけ、向こうの方がマシだけど。

 不味さに顔を顰めながら血を吸っていると、師匠に軽く背中を叩かれる。


「そろそろ良いわよ」


 師匠の首から口を離して、再び師匠を背もたれにする。それと同時に、師匠が後ろから抱きしめてきて密着する。生気を吸い取る構えだ。


「これで、闇の因子が強くなるんですか?」

「それは、あなた次第かかしらね」


 これは、私がスキルを取るかどうかって話かな。なら、これで条件は達成しているはずなので、収得出来るスキルの一覧を出す。すると、ランク1の場所に【魔気】が増えていた。


「……何で?」

「意図的に闇の因子を増やした血を飲ませたの。普段、そんなに濃い血を飲まないでしょ?」

「あ~、だから、あんなヤバい血だった訳ですね」

「そういう事。これでも、私も闇側に偏っているからね。その中の闇の因子を集めれば、あんな感じになるのよ。だから、闇の眷属だからって、血が美味しいとは限らないのよ」

「あ~、なるほど?」


 光の因子が入った血は清涼的な感じがして、闇の因子はどろっとしたどす黒い感じがするという違いがあるみたい。闇の眷属になっているのに、飲みやすいのは光の因子の方というのは、中々に皮肉だと思う。


「てか、闇の因子とかって、そんな自由になるものなんですか?」

「長く生きていれば、色々と出来るようになるものよ。暇だったし……」

「あぁ……」


 暇だったから色々試していたら、出来るようになったみたい。内容が内容だから、特に何か言う事も出来なかった。なので、話題を変える。


「師匠って、割と色々な事を教えてくれますよね。師範は、そんないっぱい教えてくれるような感じじゃないので、ちょっと驚いてます」

「あ~……まぁ、あの子の家系は、基本寡黙だから仕方ないわね。方針的にも自分で身に着けて育てるみたいな感じになってると思うわ」

「確かに……?」


 寡黙な部分は、ちょっと納得だ。師匠と比べると、稽古に関する事以外はあまり話さないし。でも、後半部分は、少し違う。割と、そこら辺の指摘はされている。家系って言葉があったから、師範のご両親とかその上の代とかの人は、そういう感じだったのかもしれない。


「じゃあ、師匠が特別お喋りという訳でもないんですか?」

「それはどうかしらね? ところで、実は生気を吸う量って、調節出来るのよ」

「あっ、すみませんでした!」


 生気を吸い尽くされて倒されてしまう前に、謝罪をしておく。


「そうねぇ……これからも、こうして生気を吸わせてくれるなら許してあげようかしら」

「ありがとうございます」


 別に生気に関しては、罰としてで無くても吸って貰って良いのだけど、これは師匠の優しさだ。別に本気で怒っている訳では無いというね。


「あっ、そうだ。闇の因子を強化したら、また光の因子との喧嘩が起きるから」

「えっ……耐性は……?」

「ある程度の段階しか効果無いでしょうね」

「う~ん……でも、これからの私には必要なものだと思うので、強化します」


 【魔気】を収得して、闇の因子を増やす。一瞬炭酸のようなピリピリとして感覚を味わう事になった。でも、継続的なダメージは受けなかったので、一応耐性の効果が出ていると考えて良いと思う。せめて、レインに触れられるくらいの耐性は維持したいところだ。

 この温泉の後、すぐにログアウトして、眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る