第134話 極意の会得

 翌日。師範の元を訪ねたら、すぐに道場に通された。そして、合図も無しに、すぐに稽古が始まる。

 右側から薙ぐように振られる。


「っ!」


 黒百合を抜いて、ギリギリのところで防ぐ。そこからもう片方の短剣で突きが来る。それは、身体を捻る事で避けつつ、白百合を抜いて師範に斬り掛かる。師範は、白百合が当たる前に後ろに下がる。

 そして、再び突撃してきた。最初の攻防は挨拶みたいなもの。本番はこれからだ。

 昨日も見た縦横無尽の攻撃を、捌き続ける。ただの連撃だけではなく、フェイントも混じるので、その判断もしないといけない。

 それらの攻撃の中で、完全に防ぐだけでなく、最低限の動きで避ける事もする。この防御と回避を組み合わせて、師範の攻撃に耐えていく。これらでも、攻撃を完全に捌ききるなんて事は出来ず、少しずつダメージは負っていく。ただ、師範の攻撃が直撃するという事はなくなっているから、短い期間でかなり成長していると思う。

 師範の動きは、時間を経る度、どんどんと加速していく。それに釣られるように、私の方の動きも加速していった。攻防の速度が上がっていくのと同時に、被弾自体も減っていく。

 師範の動きは、さらに加速する。それでも、私の防御も追いついていた。

 目から受ける情報を瞬時に整理して、攻撃の一つ一つに最低限の動きで対処する。これが、結果的に速度に繋がる。現実では、絶対に出来るはずのない動きだ。

 そんな攻防が、ずっと続いていく。その終わりは、師範が後ろに退いた事で訪れた。


「ふむ。成ったな」

「へ?」


 唐突にそんなこと言われるものだから、戸惑ってしまう。何気なしに時間を確認すると、戦闘開始から四十分も経っていた。つまり、あの攻防を四十分も続けていたという事になる。体感では、そこまでの時間は経っていない感じなのに。


「その目が極意だ。それは、ただ見て判断して動くだけでは得られない。情報の取捨選択を正確にし、右手と左手を自由自在に操る事で成るものだ。お前は、未来を視る事が出来るな?」

「あ、はい」


 使ってもいないのに、【未来視】を見抜かれた。【吸血鬼】も見抜かれたし、師範の人を見る目は確かなのだと思う。スキルを見抜かれるとなると、ちょっと怖い感じはするけど。


「その目も便利だが、未来を視るのは、頭に大きな負荷が掛かる。極意を常用する事を勧める。その極意の名前は、【双天眼】」

「デメリットはありますか?」

「長時間使用による頭痛だな」

「それって、【未来視】とあまり変わらないんじゃ……」


 【未来視】と同じデメリットを抱えているけど、発動と同時に襲われる【未来視】と違って、【双天眼】の方は長時間使用によるデメリットらしい。この長時間というのが、どの程度のものかと、頭痛の強さによって、デメリットの大きさが変わってくる。ここら辺は、要検証かな。あまり気が進まない検証ではあるけど。


「【双天眼】の長時間使用に慣れれば、【未来視】のデメリットも軽減されるだろう」

「そんな事が起こり得るんですか?」

「うむ。デメリットの本質は同じだ。頭に大きな負荷が掛かる事によって起こる。【双天眼】の方が、軽度の頭痛で済むはずだ。そこで慣れれば、【未来視】の方も」

「なるほど……」


 師範が、【双天眼】を常用するように言った理由が分かった。その方が、【未来視】のデメリットの軽減する事が出来るからだ。【未来視】は、緊急時に使用する感じかな。使い分けは、練習しておいた方が良いかもしれない。


「【双天眼】は、様々な場所で恩恵を与えてくれるだろう。それこそ戦闘以外でもな」

「はい。教えて頂きありがとうございます」

「うむ。これからも稽古には来るといい。お前の成長も見たいからな」


 既に極意を会得しても、稽古を続けられるのは有り難い。師範との稽古は、双剣の練習をする上で、ものすごく助かっていたから。対人戦の練習にもなるしね。


「はい。分かりました」


 いつもなら、ここで道場から出て行く事になるのだけど、今日はまだ追い出されなかった。師範が何かを悩んでいたからだ。


「どうかしましたか?」

「うむ。お前に双剣を教えたが、他にも教えた方が良いのかと悩んでな」

「極意の先がある感じですか?」


 師範が教えてくれるというもので、真っ先に思い付いたのは、極意の先だった。極意で最後って可能性もあるけど、ものによっては、そういうのが設定されていてもおかしくはないからね。


「それに関しては、自分で切り開くしかない。こちらから教えて得られるものではないからな」

「あっ、そうなんですか」


 極意の先は、スキルレベルを上げないといけないみたい。レベルを上げて、また教えてもらうと思ったけど、そんな事はなかった。レベルは上げないといけないだろうけど、私が戦いの中で気付かないといけないらしい。これは、極意よりも大変そうだ。


「うむ。お前なら良いだろう」


 師範が何かを話してくれるらしい。私は、姿勢を正して話を聞く。


「実は、ここの他にも隠れ里がある。詳しい場所は言えんがな」

「まぁ、隠れ里ですしね」


 師範の口から、他の里の事が出て来た。これで、前から考えていた他の隠れ里の存在が確実になった。だけど、さすがに、詳しい場所までは教えて貰えない。隠れ里と言うだけあって、そこはしっかりとしているみたい。


「見つけた時は、これを見せると良い」


 そう言って師範は、胸元から手紙を出した。稽古の間もずっと持っていたみたい。


「いつの間に……」

「昨日のお前を見て、念のために用意しておいた。渡すかどうかは、最後まで迷ったがな」

「なるほど。有り難く頂きます」

「うむ」


 師範から手紙を受け取る。これを見せれば、私が師範の教えを受けたって事が分かる感じかな。この事から、隠れ里同士で繋がりがあると分かる。交流が続いているわけじゃないとは思うけど。そこまで近いところにはないと思うけど。


「それがあれば、問答無用で追い出される事もないだろう」


 師範や里の人が普通に受け入れてくれていただけで、他の里は排他的なところが多いのかもしれない。まぁ、隠れ里っていうくらいだから、発見されたくないだろうし、当たり前といえば当たり前かな。


「ありがとうございます」

「うむ。では、またな」


 師範に見送られて、道場から外に出る。そして、そのままファーストタウンに転移した。時間的にも良い時間なので、ここでログアウトする。

 意識が現実に戻ってくる。


「ふぅ……」


 当然ながら、ゲームでの視界とは違う。さっきまでの師範との感覚を思い出しても、同じように見えない。やっぱり、あの感覚はゲームの中だけのものだ。あそこまでの感覚は、他のゲームでもなかった。

 やっぱり、ワンオンは、他のゲームと一線を画するゲームだ。人気になる理由も分かる。


「さてと、明日は、双血剣の慣らしをしたいし、もう寝よ」


 金曜日だから夜更かしをしても良いのだけど、眠いので寝る。明日からは、本格的に、イベントに備えてスキルの選別と習熟、武器の慣らしをする。そう考えていたら、ふと思い出した事があった。


「あっ……その前に大型アップデートだった……」


 イベントばかり考えていて、すっかり忘れていた。明日は、そもそも大型アップデートの日。ゲルダさんとお知らせを見てから一度も情報をチェックしていないので、明日はログインする前にチェックする。

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