第92話 砂漠の忍者

 デザートアルマジロを倒して、身体を伸ばしながら、一つ感じた事があった。


「日が出てても、大分戦えるようになったなぁ。まぁ、多少苦戦はするけど」


 【吸血鬼】のせいで、ステータスが半減しているけど、それでもこうしてデザートアルマジロと渡り合えるだけの強さを手に入れている。その事をちょっと嬉しく感じていた。

 私は、ちょっと上機嫌に日傘を差しながら、砂漠を歩いていく。この部分だけを見たら、砂漠で優雅に日傘を差しながら歩く変人に見えるかもしれないと、この時には考えもしなかった。


「それにしても、景色が変わらないなぁ。もう少し変化があっても良いと思うんだけど……」


 また近くの砂丘を登って、周囲を見回してみたけど、見える景色は基本的に同じだった。砂丘の先に砂丘がある。まるで、砂丘の山脈だ。


「こんだけ砂ばかりだと、砂に隠れているモンスターもいそう。ん?」


 何か気になるものでも落ちてないかと思って、周囲を見回し続けていると、不意にモンスターの気配を感じた。それも下の方に。

 私は、すぐに日傘を閉じて仕舞う。直後、砂丘の半ばから針が付いた尻尾と鋭い鋏を持った蠍が出て来た。その蠍は、私の身長よりもでかい。名前は、デザートスコーピオン。砂漠と同系色の甲羅をしているので、そういう名前になったのだと思う。

 そして、本当に厄介な事に、デザートスコーピオンは単体湧きではなかった。四体のデザートスコーピオンは、次々に姿を現してきた。

 デザートスコーピオン達は、私を見つけると、一目散に向かってきた。私は、血染めの短剣を抜く。時間制限のある血刃の双剣では、対応に遅れが出る可能性があるので、最初は短剣で挑む。

 まずは、【血武器】でナイフを作って、先頭にいるデザートスコーピオンに投げつける。血のナイフは、デザートスコーピオンの体表に弾かれた。


「アルマジロより硬そう……【アタックエンチャント】【ディフェンスエンチャント】【スピードエンチャント】」


 三重のエンチャントをして、準備を整える。そして、高速移動で砂丘を下る。


「【流星蹴り】」


 登ってくるデザートスコーピオンの一体の尻尾に向かって、蹴りを入れる。さすがに、そのまま引き千切る事は出来なかったけど、その一体と一緒に砂丘の麓に着地した。

 かなりの勢いを伴っていたからか、デザートスコーピオンのHPを二割削る事が出来た。私は、直前で下半身を硬質化していたので、ダメージはほんの少しに抑えられている。

 デザートスコーピオンから離れる前に、背後に回って、その身体を一度斬りつける。デザートアルマジロと違い、私の攻撃は表面を滑るだけだった。ダメージも二ドットくらいしか減っていない。

 デザートスコーピオンが尻尾を振り下ろしてきたので、私は、即座に離れる。


「硬すぎ! 物理攻撃ほぼ無効じゃん!」


 デザートスコーピオンは、予想以上に素早く動いてくる。上から尻尾による毒針攻撃、左右から鋏による攻撃が来る。毒針は、左右に避けて、鋏は、短剣で弾くか硬質化した脚で蹴り上げて弾いた。

 一体相手なら、いつまでも避け続ける事は出来たと思うけど、出現したデザートスコーピオンは四体。一分もしない内に、残りのデザートスコーピオンが合流してきた。

 一体の攻撃から距離を取っても、別の個体から攻撃が飛んでくる。さすがに、対応しきれないと判断した私は、思いっきりジャンプして空中に距離を取った。


「ヤバいなぁ。【スタンショック】」


 一体に向けて、気絶させる状態異常攻撃をするけど、上手く決まらず気絶はしなかった。さすがに、そこまで運は良くなかったみたい。

 落ちてきた私に向かって、四方向から毒針が向かってくる。斜め前の二方向から来る毒針は、左手の短剣を振って弾き、後ろ斜めから来る二つの攻撃は、右手を硬質化させて弾いた。


「痛っ……」


 毒針を弾いた右手に、鋭い痛みが走る。反射的に右手を見ると、ダメージエフェクトが付いていた。弾く事は出来たけど、無傷でとはいかなかったみたい。毒の状態異常マークが浮かぶ。すぐに、毒消しを飲みたいところだけど、それを許してくれるような状況ではなかった。右側から、鋏が伸びてくる。私の身体くらい大きいので、普通に身体を両断されちゃう。

 私は、わざと鋏の真ん中に突っ込んで、脚を硬質化させ思いっきり蹴る。鋏と一緒にデザートスコーピオンも吹っ飛ぶ。

 これで一箇所逃げ道が出来た。その道を使って、三方から伸びてくる鋏と毒針を避ける。そして、そこで反転した私は、大きく跳び上がった。


「【震転脚】」


 デザートスコーピオンの一体に向かって、踵落としをする。デザートスコーピオンは、鋏と尻尾を重ね合わせて、防御してきた。上手くクッションにして衝撃を逃がそうとしていたみたいだけど、こっちの威力が上回り、周囲に砂を撒き散らしながらデザートスコーピオンを砂に沈めた。HPは、二割くらい削れた。


「これでも、それしか削れないの!?」


 硬直してしまったところに、別のデザートスコーピオンが鋏を横振りしてきた。防御なんて出来る訳も無く、まともに命中してしまう。砂の上を三度バウンドする。


「っ……!」


 私は、バウンドした勢いのまま転がる。先程、私が蹴り飛ばしたデザートスコーピオンの傍に着地したみたいで、いきなり真上から毒針が降りてきたからだ。ギリギリで避けて、すぐに立ち上がる。そのままデザートスコーピオンの背後に回って、尻尾の付け根にツイストダガーを突き刺す。尻尾を動かす関節部分なら、攻撃が通りやすいと睨んで攻撃したら、本当にすんなりと突き刺さった。

 出血状態になったデザートスコーピオンから血を抜き出し、血染めの短剣に纏わせて、ツイストダガーは仕舞う。


「これなら、血刃の双剣でも良かったかな……」


 自分の選択が正しかったのか疑問を抱きつつ、一旦距離を取る。


「【追刃】」


 まだ砂漠での高速移動どころか、高速移動そのものに慣れていないけど、そんな事を言っている場合じゃない。

 思いっきり踏み込んで、一気に身体を前に送り出す。すれ違う二体のデザートスコーピオンを斬り、延長線上にいた一体デザートスコーピオンの尻尾の半ばに着地する。デザートスコーピオンは尻尾で耐えようとするので、そのまま尻尾を足場に高速移動をする。

 反動で、尻尾が千切れかけていた。高速移動の反動は、デザートスコーピオンの尻尾でも耐えられないみたいだ。

 次は、デザートスコーピオンの目の前に着地する。思った通り、ちゃんと踏ん張る事が出来ず、前に身体が投げ出されたけど、これも狙っていた。デザートスコーピオンの下に潜り込んで、短剣を突き刺しながら抜けて行く。デザートスコーピオンも、上は硬い鎧に守られていても、下はそうでもないみたい。

 これで一気に五割削る事が出来た。そして、デザートスコーピオンの弱点は、身体の下側という事が分かった。

 デザートスコーピオンの下から抜けた後、すぐに別のデザートスコーピオンに向かって高速移動する。脚の付け根を上から斬る。そして、空いている左手でデザートスコーピオンの尻尾を掴んで、その尻尾を軸にして、進路を反転する。勢いを殺さずに、手を放して身体を、さっき下側を斬り刻んで、ダメージを与えた個体に向かう。その背中に着地する。

 上からの攻撃だったので、ダメージはあまりない。でも、この着地でダメージを与えるつもりはない。


「【ラピッドファイア】」


 二十連撃を叩き込む。【追刃】もプラスされて、六十連撃になった。硬い甲羅への攻撃だったから、ダメージは少ない。残りHPは、三割。

 ここで【追刃】の効果が切れる。でも、ここで終わりじゃない。


「【蟻の一噛み】」


 直前一分間のダメージを再度与える技で、デザートスコーピオンの一体を倒す。


「ようやく一体……っ!?」


 硬直時間中に、デザートスコーピオンの鋏に挟まれた。咄嗟に、硬質化する事で両断は免れたけど、窮地に立たされてしまった。鋏の付け根に向かって、短剣を突き刺そうとするけど、手の長さが足りなくて出来ない。


「うっ……硬質化も時間が……」


 背後からは、私を突き刺そうと尻尾を立てて、別個体が来ている。何かないかと考えて、苦し紛れに【血武器】で作り出したナイフを、デザートスコーピオンの尻尾の付け根に投げつける。すると、デザートスコーピオンが鋏を広げた。

 そこが一番刺さりやすいと思って攻撃したけど、実はデザートスコーピオンの弱点の一つでもあったみたい。攻撃がキャンセルされて、私が解放されたって感じだ。

 地面に着いた私は、まっすぐそのデザートスコーピオンの上に飛び乗り、血染めの短剣からツイストダガーに入れ替える。


「【鎧通し】」


 防御無視攻撃を使い、ツイストダガーを突き刺す。出血状態にして、操血で取りだした血を飲んで、後ろから来る別個体の尻尾による攻撃を避ける。

 すると、面白い事が起こった。デザートスコーピオンの尻尾攻撃が、デザートスコーピオンの甲羅を割った。同時に、尻尾の方にも罅が入る。


「同士討ち? まぁ、何にせよ。こっちにとっては嬉しい状況だよねっ!」


 私は、尻尾に罅が入ったデザートスコーピオンの尻尾に向かって、蹴りを叩き込んだ。罅が入って防御が下がったデザートスコーピオンの尻尾は、私の一撃で千切る事が出来た。これで、攻撃手段の一つを減らした事になる。

 次に、甲羅を破壊されたデザートスコーピオンの方に向かって跳ぶ。


「【震転脚】」


 踵落としを叩き込んで、その一体を倒す。この調子なら倒せるかもと思ったその時、硬直時間を待っていたかのように、私の横から尻尾が伸びてきて突き刺さった。

 視線だけで、その方向を見ると、砂漠の砂の下から尻尾が伸びてきていた。【感知】でも、砂の下に気配を感じる。でも、戦闘中という事もあって、そこの認識が甘くなっていた。今度は、反射的に硬質化が間に合うとかもなく、まともに食らってしまった。

 毒状態を表す状態異常マークが、見た事のないものに変化する。状況から考えて、猛毒状態みたいなのに変わったのだと思う。HPの減る速度が、尋常じゃなく早くなった。


「この……」


 身体に刺さった針を抜こうとしても抜けない。思っているよりも深く刺さっているみたいだ。悪足掻きとして、毒針を刺してきているデザートスコーピオンから血を抜いて飲む。相手が出血状態のままで良かった。猛毒によるHP減少は、かなり早いので、操血での定期的な吸血では、いずれ倒されてしまう。

 だから、この場から解放されないと負ける。尻尾に何度も短剣を突き刺そうとしているけど、全く刺さらない。

 それどころか、さらに最悪な事に、反対方向から、デザートスコーピオンが、連続で尻尾の毒針を突き刺してくる。


「あ、無理」


 起死回生の一手もなく、私は死んだ。

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