35:早くしてと言いたいのは私だけ?

「ルカ、あなたちゃんと上手くやれている?」


 突然の母からの質問に私はハーブティーを飲む手を止めそちらを見るが、母の表情は心底心配そうだった。


「貴女、自分がどんな"存在"か、気付いたのでしょう?」

「それは…」

「大丈夫よ、アドルネア家の一部の方は知っているから」


 聞かれても問題ないのかと心配したが杞憂だったようだ。しかし一部、と言った。つまり、そこに立つ執事の人は知っているということだ。

 それってどうなのと思ったのと同時に、彼がこの家では大きな存在であることが窺えた。

 なるほど、とはならないけど。

 そんな中アドルネアがまだ現れないことが気になる。

 この家の者で、ましてや公爵。そう考えればこの場では立場的にこちらは何も言えないが、それにしても遅くないかと思った。

 何気なく執事を見る。


「ハイネ様でしたらまもなく来られます」

「お待たせしてすみません」


 視線の意味を汲み取った執事が笑顔で答えると同時にドアが開いた。

 恐ろしいほどにまもなくすぎるでしょ。

 足音でも聞こえていたのか、それとも慣れなのか。

 そんなタイミングよく受け答えをした彼をリアンはまじまじと観察していた。不躾すぎると流石に注意せざるを得ないと思ったが、執事がそっと片手で制していたため放っておく。

 ここの家の教育方針は気が回らない男は処分でもされる決まりなんじゃなかろうか。


「ルカ」


 母に名を呼ばれ居住まいを正し、挨拶を済ませて座り直したが、及第点には及ばなかったようで父からの圧が凄い。

 分かっている。本来ならば彼が入ってきた時点で挨拶すべきだったことぐらい。何故かわからないが不思議と慣れ親しんだように過ごしてしまったのだから仕方ない。や、仕方なくないんだけど。


「この度はこちらからお呼び立てしたのに待たせてしまい申し訳ありませんでした。先程父も戻りましたのでこちらに来られると思います」


 ああ、そういうことか。彼が中々来なかったのは彼の父が不在で所在を当たっていたのだろう。侮られているなどは思わないが、呼んでおいてそれはなくない?と少し思う。思うが、恐らく今回呼ばれた件にも関わるのだろうから不満を持つことは許されない。


「待たせてすまない」

「構いません。本日の件で外出予定があったのは聞いていましたから。こちらも早く着きすぎて申し訳ありません」


 執事が静かにドアを開けた後体躯のいい男性が姿を見せる。隣り合って並ぶ姿はやはり似ていると感じる。特に隙のない佇まいが。

 着席を促され座り直したところで新しいハーブティーが淹れられた。


「閣下、お話というのはカズイールで見かけられた魔物の件でしょうか」

「ああ。それと先程当該領地で別種と見られる魔物が目撃されたと報告があった」

「!!姿見は…」

「中型を超えるが、種はわからない。獣にも見えたというが、境界を超えていたそうだ」

「なるほど…」


 カズイール境界周辺で数多の魔物となれば最早様子見の段階は過ぎる。

 いつ襲われるのかがわからなくなるからだ。

 それにしても、中型に近く、獣なのか人型なのかがわからないというのはどういうことなのか。


 この世界にはまったく害のない魔物と、小動物などに近い小型と呼ばれる魔物、大きな動物サイズの中型とされる魔物、竜などの大型の魔物、神格とされる魔物と分かれて報告される。

 そしてゴブリンと呼ばれる魔物のように二本足で立ち人のように動くのを人型、動物のように四本足で地を踏み締めているタイプなどは獣型、など、様々だ。

 この辺は実は私もまだ詳しくは知らない。本物の魔物に会ったことは少ないからだ。


「今回、ルカ様のお力をお借りしたく思っている」

「ルカの?それは何故…」


 ぴり、と緊迫した空気が流れるのを感じた。

 いきなりの話に両親も私も身構えてしまったせいもある。なぜ、いきなり。

 そういえばアドルネアも私の魔法について聞いてきていた。結果的な答えは返せていないけど、あれで何かが変わったのだろうか。


「力を借りたい、と言っても討伐に出て欲しい、というものではない。どんな魔物なのかもわからぬ状態だ。…私はこれを警戒している」

「幻獣かもしれない…ということでしょうか」

「そうだ」


 幻獣。それは神格とされる魔物だ。そんな容易くお目にかかれるわけがない。それに神格とされる魔物はあのような地では生きていけないはず。


「人型なのか獣型なのかわからない理由が、それにあたると」

「それもある」

「端的なお話をお願いしても?」

「ああ。まずはこれを見て欲しい」


 遠回しなやり取りに耐えられなくなった父は失礼とわかっていても前のめり気味に言葉を促す。

 それ、ダメでしょ。さっき私に厳しい視線を向けていたのは誰なの。

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