31:驚き過ぎると声が出なくなるって知ってました?

 翌日、登校すると学園前がやたらと賑わっていた。

 正しくは罵声が飛び交っているのだけど。

 朝一からの現実逃避ぐらいは許してほしい。


「何事ですかね」

「さあ…」


 今日に限ってはカーリカではなく執事補佐をしてくれているリアンが着いてきている。

 なんでもカーリカは休暇をとっているそうだ。

 そうだ、というのは朝起こしに来た者から伝えられた。

 普通先に私に伝えない?私の専属でしょあなたは…。と思ったが、恐らく私がぼんやりしてる時にでも言っていたのかもしれない。


「少し様子を見てきます」

「いいわ。どうせあれを通らなくては教室には行けないのだし」


 申し訳なさそうに頭を下げたリアンに言い方がきつかったかもしれないと少し思いつつも馬車を降りる。

 正門を抜けて一歩入ったところでリアラと見慣れない男子生徒が言い合いをしているようだった。


「だから!私はそれに見覚えがないと言ってるでしょ!?言いがかりはやめてって言ってるのがわからないの??」

「こっちは昨日ちゃんと見てたんだよ、あんたがこれを壊してるの!」


 これ、と男が手に持ってるのは懐中時計のようだ。


「…?」


 どこかで見覚えがある。

 どこか、どこ…どこもなにもない。あれは私の懐中時計だ。

 そういえば見当たらないなとは思っていた。

 あれは壊れてもいい持ち歩き用なので特には気にもとめていなかったが、まさか学校に置き忘れていたとは。

 どれだけぼんやりしていたのか。


「マリアーネル様!」

「あ……」


 しまった…。見つかった。

 リアラも私と同じような顔をしている。

 しまった。と思っている顔だ。


「マリアーネル様!ひどいんです!この方が私がマリアーネル様の懐中時計を壊したっていうんです!」

「壊しただろ!足蹴にしてたの見たんだから…って、これマリアーネル様のなのか…?じゃない、ですか?」


 そしてまたリアラは顔を青くしては咄嗟に取り繕った表情で男から懐中時計を奪った。


「これはマリアーネル様から私がもらったの!だからマリアーネル様のって、」

「私は貴女に何かをあげた覚えはないのだけど」

「くれたじゃないですか!」


 そんな記憶は本当にない。

 ましてやそれはこの学園に通う者に渡すにはあまりにも安価、且つ質素だ。

 リアラならば確かにこのレベルのものを持っていてもとは思われなくもないのかもしれないが。


「それは私の試作品だから人に贈るなんてこと出来ない代物なの」


 そう。安価、と言ったが、理由は私が作ったから。

 と言ってもたんに組み立てただけのものだ。素材自体は各所で集め細工をしてもらい組み立てだけを自分でした。そのため各部品は全て個々で取り寄せたものだ。

 故に安価で質素なのだ。

 使い勝手はかなりいいけどね。軽いし。


「大事な懐中時計なんじゃ…」

「?」

「いつも持ち歩いてるって…」

「持ち歩いてるわね?」

「でもこれ…」

「?」


 何が言いたいのかわからない。


「何があったかわからないけど、行ってもよろしくて?」


 思わず変な口調になった気がする。

 男子生徒の方も訳がわからなそうに瞬きを繰り返していた。


「貴方は何故これが壊されたことにそんなに憤ってるのかしら」

「これ、この金具、うちで作ってるやつなんです」

「ああ、なるほど。作り方特殊だものね。自分のところのかどうかなんてすぐわかるわね」

「はい。でも、これを作るのには何人もの職人が関わっていて…」


 つまり、それを粗末にされたのが許せなかった、てことね…。


「物はいつか壊れる物でしょ?それなのにそんなくだらない理由で言いがかりをつけてきたってこと?」


 え?


「はあ!?くだらないってなんだよ!!大事にしてて壊したならわかるけどお前はこれ足蹴にしてたじゃないか!」

「だからしてないってば!落とした拍子に踏んじゃっただけ!そもそも机に置いとくのが悪いでしょ?」


 ええ…。えー…………。

 この子、ここが往来ってわかってる?いつも貴女が愛想を振りまいてる方々もいるってわかってる?


 どうしよう。物凄く関わりたくない。

 授業なんていいから帰っていいかな…だめよね。

 うん。よし。


「マリアーネル様?」


 男子生徒の呼び声なんて無視だ。

 全て、無視。

 私はさっさとその場を通り抜けて教室へと向かうことにした。

 遅刻はしたくない。

 そう言い訳をして。

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