26:わかってるなら汲み取っていただけますか

 目の前に聳え立つ城かと言いたくなるほどの大きな建物に溜息が出るのは仕方ないと思う。許してほしい。うちでさえスコットランドの古城とかなんかか?と思ったりするのに…。そんなもの可愛く見えてしまう。芸能人とか大企業の社長とかならこんな家もあり得るのかしら。いや、怪しいな。


「なんでこんなことに…」


 通された客室でソファに座るなり盛大に項垂れた。アドルネアの情報を持つカーリカもいない。ルカも流花もあの男に関しては知識が薄い。そんな状態で2人になるのは少し避けたかった。

 アドルネアは着替えると言って一度自室へ行ったようだが、それを待たされる身としてははっきり言って服なんてどうでもいいだろ。と言いたくなる。さっさと用件を聞いて帰りたい。


「あと1分来なかったら帰っていいわよね」


 着いてから何分経ったかなど知らないけど、呼んでおいて待たすほうが悪いのよ。帰られたって文句言えないでしょ。

 なんて脳内で悪態をついていたらノックの音が響いた。そしてドアが開くと紅茶のいい香りと共に侍女らしき女性が入ってくる。


「紅茶をお持ちしました」


 そう言いながら注ぐとレモンを上に乗せてから静かに目の前に置く。立ち上るすっきりとした香りに少しだけ苛立ちが落ち着いた。


「私まだここにいないとダメかしら」


 侍女に言っても仕方ないことだとわかってるが敢えて問いかける。しかし侍女は焦るでもなくにこりと無機質な笑顔を浮かべてお辞儀だけして退がっていった。


 どういうこと…。え、アンドロイドか何かなの!?こわ!え?主人以外の質問は笑顔で無視するしきたり!?嘘でしょ!?カーリカ!この家変よ!温もりがなさすぎる!!

 脳内で捲し立てながら紅茶を一口だけ口に含んだ。


「カーリカのほうが美味しい」


 当たり前だがカーリカの紅茶の方が私の好みにあっていて飲みやすい。そもそも私はレモンティーがあまり好きではない。何故聞かずにいれた?香り漬けだとしても普通聞かない?私客人よ?あなたたちの主人じゃないのよ?や、主人にこそ聞かないのはまずいと思うけど。…うん。知らない。帰ろう。


 そう決めてはアドルネアが来る前にと立ち上がったが、同時にドアがノックもなしに開き、アドルネアが顔を見せた。


「ルカ、立ったままどうした?座って待っていれば良かったのに」

「座ってましたがアドルネア様が来ないので用がないなら帰ろうかと」

「用ならある。これだ」


 アドルネアの後ろに控えていた執事らしき男性が大きめのケースとその上に乗る小さな箱を私へと差し出した。なんとなく、その中身に予想がついた私は敢えて手を出さずにいたが、アドルネアが執事から受け取りケースを開けた。

 中には予想通りドレスが入っている。目にしなきゃ良かったと思うがケースを開けられてしまった以上は知らぬふりは出来なかった。


 …だから、ダンスなんてできないんだってば。できるかもだけど。私は知らない。


「今度のパーティーでは婚約の正式発表がある。なのでこちらで用意させて貰った」


 なにがなので??あ、そうか。殿方から贈られたものをとかそういうこと。え、いらない。

 最近はなんとなく言動も思考もルカとして動けていた気がするのに久し振りに凡人味が炸裂しそう。

 ドレスとかそれいくらするの?お金の使い方間違ってますけど?節約しない旦那とかいらないから。こんな時くらいはとか言われそうだけどそもそも婚約なんてしなければお金使わなくない?そこじゃないとか言われそうだけどそういうことなの。私は。まだ、男はいらない!!!


 って、言えたらどれだけ良かったか。言えないので内心では大暴れしながら悪態をつきつつ、表面では笑顔を取り繕いドレスを受け取った。無言で。


「とても似合うと思う。サイズも問題はないはずだ」


 この世界の当たり前なのか知らないけど、言ってもないのにサイズを知ってるって日本ならストーカーに近いから。はあ…。というか直接渡すやつがどこにいるの。しかも開けるとか。


「ありがとうございます。…ですがこういうのは送っていただくのが礼儀かと」

「送ると君は知らないフリをするだろ」


 バレてる。確実にそんなのもらいました?とばかりに自分で用意したものを選ぶだろう。抜かりないわねこの男…。


「見てしまった以上はやむを得ない。君ならそう考えてくれるかと、な」

「教室でのことといい、アドルネア様は随分幼い発想をされるんですね」

「君のことを知り尽くしてるだけだ」


 え?ストーカー宣言なの?怖い。


 とんでもなく幼稚な男だと諦め気味に息をつき、ドレスを横に退げさせつつ紅茶を一口飲んでから立ち上がった。もう用はない。さっさと帰ってしまおう。


「用ならまだある」

「なんでしょう」

「この後共に食事をとのことだ」

「は?」


 と、いけない。慌てて笑顔で取り繕ったがアドルネアは至極楽しそうな笑みを浮かべていた。わざとかこの男…。いい趣味してるわね。精神年齢的に私の方が上だからと耐えるが、この男の笑みは年齢に比べてどこか大人びていて少しの気味の悪さを感じる。人のこと言えないけど。

 そんな彼を見ながらただただ思う。


 ああ…早く帰りたい…。と。

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