第四記

「自分の命を神に預ける気分はどうだったか?」

「全くもって、不愉快極まりない、な。」

と、チャーチルは本当に嫌そうな顔をして見せた。

それはさておき、あの砲弾の雨の中、よく直撃せずに生き残れたものだ。二人とも相当な悪運を持っているらしい。

「さて、落ち着いたことだし、会ってみないか?こっちの世界の人間に、会ってみないか?」

「そうだな、今何よりも必要なのは情報だ。戦争の、国の、世界の情報が欲しい。」

やはり、彼は彼であった。

俺が死んだ後も変わらなく、変われないその戦争家の性が、それを引き寄せるのだ。

二人は土煙で汚れた服を叩きながら、塹壕の中へ歩み寄った。

すると、夜通し見張りをしていたのだろう。隙間からこちらを見張っていた係のやつが慌てて顔を引っ込めた。

「なあ、俺ら、ここで殺されるんじゃねえか?朝一で敵の方向から歩いてくるジジイ二人って、どう考えても怪しいと思わないか。」

「お前救国の英雄だろ。もっと堂々としとけよ。」

こんな右も左も分からん世界で、一々気にしてたらキリがないだろ?とチャーチルは続けて言うが、確かにそうなのかもしれない。

違う世界、と言うが、しかしこの世界は俺たちが元いた地球と同じように見えるのだ。

ここから見える自然の景色も、おそらく東から今登りつつある太陽も、そして戦争のやり方も、地球と大差ないのだった。

俺たちが例の塹壕に近づくと、中の兵士がこちらに呼びかけた。

何やらただ事ではなさそうな雰囲気に彼らは包まれているようだった。

「止まれ!所属と階級を速やかに答えろ、それ以外の行為は敵意と見なし、即射殺する!」

まずい。非常にまずい。

ひとまず、俺たちが何故彼の言葉が分かるのかはこの際置いておくことにしよう。

「どうする?あいつら、素直に話を聞いてくれるか分からんぞ。」

小声でチャーチルに耳打ちをしたが、しかしどうして彼はこの無礼な兵士たちが気に入らなかったのだろう、無駄であるようだ。

「俺か、俺は。」

俺は彼らが銃を持つ腕に力がこもったのを遠目で見た。

「サー・ウィンストン・レナード・スペンサー・チャーチル、偉大なる我が大英帝国の元首相だ」

老体を震わせ、銃を持つ兵士達を威圧するようにはっきりと、彼は高々に宣言したのだった。

「ダイエイテイコク?私の質問がわからなかったのか、身分を証明できないものは銃殺だ。諸君、ご老人方を丁重にもてなしてやれ!」

馬鹿があ!何敵意丸出しで自己紹介してんだよ、今はどうこうできる立場じゃないの分かってるだろ。

「おい、なんかあいつら怒ってるぞ、どうすればいいかな。」

などと呑気に聞いてきた。

「お前何やってんだよ、終わったわ。まじ終わったわ。なんで2回も死なんといけんのじゃー!」

「うっせい、俺はちゃんと言われた通りにしたぞ!」

「敵意丸出しなんだよ、せめて下手に出ろよ!」

もうすぐで銃殺されるという状況で、馬鹿喧嘩してるのも大概だと思われているだろうが。

「構え!照準合わせ!すぐ逝けるように心臓を狙えよ!」

ああ、次は違うやつとがいいなあ。

と号令をかけた上官の手刀が振り下ろされ、彼の兵士たちが引き金を引こうとした時、その瞬間だった。

「待て!撃つな!下ろせ!」

兵士達の後ろから、ドスのきいた低い大きな声が聞こえてきた。

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