第三記
腐った木のドアを勢いよく開け、俺たち二人は外へ飛び出した。
「って走れるか!俺今年で90越えたんだぞ!お前はまだ50代だから良いよな、こっちはマジしんどいから!」
そういう割には、結構速く走っているのだが…
「あれ、なんか体が軽いというか、俺たちかなり元気じゃね?」
「そうなんだよ、俺もそう思ってたんだ。」
確かにチャーチルの言うように、歳を取って少なくなった体力も、昔に戻っているように感じる。
よく考えると、一度死んでいるのだから、体はすでに限界を超えているのだった。
流石に老いぼれの体では何も出来ないからと、あのコネクターと言っていた男が何かしたのだろうか。
「やべえ!砲弾が降ってくる!おい、ケマル、どっか隠れる所無いんか!」
「知らねえよ!てか俺たちどこに向かって走ってんだよ!」
塹壕かトーチカか、なんでもいいから砲撃を凌げる場所を見つけなければ。
「おいケマル!あそこ!なんか明かりがあるぞ!」
チャーチルの指す方を見ると、確かに地面から出ている小さな光が見える。
「あれ塹壕になってるんじゃねえの!とりあえずあそこまで走るぞ!」
「当たり前よ!」
後ろで砲弾が破裂する音と、爆風を背中で受けながら、俺たちは明かりの方へ死ぬ気で走った、とにかく走ったのだ。
「うわ、予想はしてたけど、鉄条網多すぎだろ。ケマル!通り抜けるところ探すぞ!」
「さっきから探しとるわい!」
塹壕戦に使う鉄条網は多種類に及ぶが、ここでは巻いて塹壕に入りにくくしてあるタイプのようだ。
通常、鉄条網を突破するときは、工兵に前もって破壊してもらうか、事前砲撃によって吹き飛ばし、兵士が気にかけることなく進撃できるように支援するものだが、道具も何も持っていない俺やチャーチルにはどうすることもできない。
「そうだ、今降っている砲撃の雨が、鉄条網を吹き飛ばしてくれるかもしれん。おいチャーチル!ちょっとこい。」
「だめだ、回り込めそうな隙間はなかった、どうするんだよケマル。」
やはり堅固な造りになっているようだ。無理矢理突破しようとすれば、全身から出血して今度こそ地獄ゆきだ。
「考えがある。まずこの砲撃はおそらく鉄条網を破壊するための事前砲撃だ。その証拠に、俺たちが走ってきたほうから前線を上げるように砲撃が前へ前へと進んでいる。」
「ああ、西部戦線では毎日のように行っていたからな、砲兵のことは十分理解しているつもりだ。」
そういえば、こいつはあの戦いの後、西部戦線に送られたと聞いたな。
前線を実際に見て体験することで、大戦の狂気を間近で味わっていたのだろう。
「そこで、この砲撃が塹壕線まで前進して、鉄条網を吹き飛ばすのを待つんだ。」
「おい、それまで俺たちはどこで砲撃を待っているんだ?ここに遮蔽物なんてないし、じきにここにも砲弾の雨が降ってくるぞ。」
「そうだ、なあチャーチル、お前、西部戦線で神に祈ったことはあるか?」
「神に?俺が願う対象は、大英帝国の旗と我々の王ただ一人だ。戦争の場で神に祈っても、気休めにしかならん。」
「残念だな、これからお前は否が応でも祈ることになるぜ?」
そうか、それはおもしろいな、と彼は楽しそうに笑った。
そして俺たちは砲撃跡のクレーターの中に伏せ、砲撃が止むまで祈り続けたのだった。
頭の中をぶん回されるあの音が消え、鉄条網が吹きとんだころにはあたりが明るくなったころだった。
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