第二記

「おい…おい…起きろ…起きろ!」

 気持ちよく寝ていた俺の睡眠を、歳をとった男の声が無理矢理中断させた。

 どうやら、あの不思議な男の言う通り、また違う世界に来てしまったようだ。

「なんだお前、その帽子。ははーん、お前さてはイスラームだな。イスラームの国はまとめて俺の国だからな、まあ起きて話してみろよ。」

 人を起こして一番初めに言う言葉がこんなに侮辱的だったのは初めてだ。

 眠気の残る頭を冴えさせ、あの男の話を思い出す。

 確か、俺の親しいやつと一緒になると言っていたな。

 ならこの帝国主義野郎は俺の知り合いなのか?全く心当たりがない。

「なんだお前、人を起こして開口一番にイスラームだな、とか失礼過ぎるだろ、どんだけお前の国は高慢なんだよ。あとお前の英語、クソ聞き取りにくいんだよ、もっとはっきり喋れやジジイ。」

「うるさい!黙れ!聞き取れないのが悪いんだろ。」

「わーかった、落ち着け、落ち着け、大体お前な…」

 あれ?こいつ、会った事ある?

 この雰囲気は、この強い目をしたやつは、

「あ!お前チャーチルだろ。絶対チャーチルだって、うわ最近見ねーなって思ってたんだよ。」

「なんだお前、俺のこと知ってんのかよ。あと最近見ねーって言うな!大戦終わったら帝国主義とか言われて馬鹿にされてんだよ、俺はイギリス国民のためにやってるのにな!」

 ん?そんな事なくね?

 大戦が終わってお前の国はさらに帝国帝国してるだろ。

「ちょっと待て、なんか話が違わないか?」

「何がだよ」

 チャーチルは不満そうに言い返す。

 こいつはキングの前でもこうしていそうだ。

「だってお前の国は、三枚舌グレイがイタリアもユダヤ人も、そして俺たちも騙して全部いいとこ獲りしてただろ。独立するのまじ大変だったんだからな、お前知らないだろ!」

 チャーチルは思わず困惑顔になった

「は?一次大戦の話じゃねえよ、今大戦っつったら第二次世界大戦だろ。てか独立ってなんだよお前、エジプトか?インドか?だったらまーじで許さん。」

 第二次、世界大戦?!

 あの狂った戦争がもう一回あったのか?

「ん?おいおいお前、もしかして…」

 チャーチルが俺の顔をまじまじと見て、そして俺の被っている帽子を取り、納得した顔になる。

「あ、パシャじゃん、ケマル・パシャじゃん!うわマジかよ、なんでよりによってお前なんだよ。マジふざけんなあのヒョロガリ。絶対植民してやる。」

「なんだ覚えていたのか、まあなんだ、昔のことだ、とりあえず俺の勝ちだったな、あれは。」

 するとチャーチルは顔を真っ赤にした。

 本当に感情豊かなジジイだ。まだ何十年か生きるぞこいつ。いやよく考えたらもう二人とも一度死んでるのか。

「違う!あれは成功する作戦だったんだ、なのに全責任が俺に来るしよ、キッチナーはすぐ死ぬしよ、なんでこうなるんだよ!」

「ストップしてるもんなあ、名前の通りなんだよなあ。ANZAC兵頑張ったのにな、残念だな。」

「うるせえ、お前は知らないだろうがな、俺は二次大戦では救国の英雄なんだぞ、お前はすぐ死んだからマジ勿体無いわ、俺の大英帝国が無双する所を見れないなんてな。」

 ぜんっぜん見たくないな。

「そうだ、二次大戦だよ、何それちょっと教えろ。」

「面倒だな。まあ38年末まで生きてるからなんとなく分かるだろうけど、簡単に言えば独伊日と英米ソの陣営戦が起きてな。ちなみにトルコはほぼほぼ何もしてないぞ。所詮病人なんだよな。」

 チャーチルはそう言って顔に満面の笑みを浮かべた。

 俺は祖国がまたも大戦の惨禍に巻き込まれている訳ではないと分かり、少し安心できた。

 祖国に平和をもたらす事が出来たのなら、俺が生きていた意味もあったのだろうな。

「うるせえ、てか結局独伊かよ、開戦したのはどっちからなんだよ。」

「ドイツだよ、ナチスドイツ。」

「マジかよあのちょび髭、てかチェンバレンがいたじゃねえか、あいつ何やってんだよ。ミュンヘン会談してただろお前ら。」

「いちいち面倒くさいな、あんなの戦争を先延ばしにしてるだけなんだよ、だから36年から再軍備しろって言ってたんだよ俺は!」

 そう言えば、こいつは一次大戦が終わっても、軍縮には反対していたな。

 戦争屋と言うあだ名は決してチャーチルを称えるものではなく、平和を求める英国議会に付けられた蔑称なのだったらしい。

「まあ大方流れは理解した、昔話はこれくらいにしようぜ。」

 前の世界の歴史も気になるが、今はこちらの世界の方が問題だろう。

 辺りを見ると外は真っ暗で、蝋燭が一本明かりを灯しているだけのようだ。

 そして俺たち二人は、もう使われていないであろう古びた石造りの小さな家の中にいるようだった。

「そうだな、こっちの世界についての情報があまりにも少ない。……だが、人が住めるような家が存在するのだから、全くの未知の生物が蔓延る世界では無さそうだな。」

 チャーチルも家の中を見渡し、俺に話す。

「誰か俺たちに友好的な地元民を探さないとな。なあケマル、お前、何語を話せる?」

 共通言語、か。

 違う世界なのだから、存在する可能性はかなり低いが、チャーチルもそれを分かって一応尋ねたのだろうな。

「トルコ語、ギリシャ語、ドイツ語、ロシア語、そして英語を話せる。」

「まあ俺もそんなもんだ、フランス語もいけるがな。」

 相手の国の言語を話すということは、政治、外交において必ず必要な技術だ。

 我々ホモ・サピエンスは、言語を習得したが、それは言語によってしか物事を考えることが出来ないということなのだ。

 英語には英語の、ギリシャ語にはギリシャ語の独自の思考法が存在するのだ。それを尊重する事は、他国民に対して尊敬と畏怖を抱くに等しく、職業柄俺たちはその重要さを知っている。

「まあどちらにせよ、もう夜らしいからな。外に出るのは明るくなってからでいいんじゃないか?」

 するとチャーチルは少し困った顔をした。

「それがな、いや、お前ならすでに感じているかもしれないが…とりあえず、耳を澄ましてくれ。」

 ああ、と頷き、自分を中心にして同心円を描くように耳を集中させる。そしてゆっくりと注意を家の外へ、暗闇の奥へ、辺り一辺倒に広げる。

「人が、いる音がする、それに大勢いるな。それにしては静かすぎないか?」

「ああ、まだ外に出てはいないからはっきりとは言えないが、明らかに大勢の人間が姿を隠している。この感覚、覚えがないか?」

 チャーチルの言葉で俺は思い出した。

 あの半島の、あの明け方の、あの塹壕の中での緊張感と空気を。

「戦争、の空気だ。あの大戦を思い出す。お前も西部戦線で感じたのか。」

 ああ、と言いチャーチルは何やら考え事をしている。

 その時、一斉になる轟音と振動によって俺たちは頭を抱えた。

「爆発、いや、砲弾の落下音!砲撃が始まった!」

 チャーチルは年齢に見合わない顔で隠しきれていない興奮を表した。

 かん高い音を鳴らしながら、落ちてくる砲弾は、遥か向こうに飛んでいった─わけではなく、確実にこちらに飛んできている!

「おいチャーチル!やばいぞ、どこか逃げねえと、俺はこんなボロ屋で死ぬなんて嫌だからな!」

「当たり前だ!この戦争のことも気になるしな。まずは…」


「「全速力で走れ!」」



 登場する個人名、団体、地名は現実に存在する一切の物と無関係です。

 あくまでフィクションとしてお楽しみください。

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