第四節 大祓の儀――とりあえず、今のところは大団円

第四十六話

 さあ。

 大祓おおはらえの儀を始めよう。



 あたしは深く息を吸い込み、正装した着物の裾を捌きながら、歩みを進める。

 清白王きよあきおうに手を引かれながら。

 背筋をしゃんと伸ばして歩く。

 衣擦れの音と、髪飾りの、金属がやわらかく触れる音。

 ゆっくり歩いていき、大祭殿の舞台に立つ。

 昼間なのに真っ暗で、災異鳥さいいちょうが飛んでいる。

 異様な雰囲気だ。

 蝋燭のあかりと、文字の能力によるあかりだけ。

 人々は息をのみ、あたしたちを待つ。

 今上帝はあたしたちに少し遅れて、お出ましになった。


 音楽が奏でられている。

 小さく、密やかに、少し震えながら。



 そして大祓おおはらえの儀が始まる。


 今上帝である、清原王きよはらのおおきみが長歌を和紙に書きつけ、そして詠唱する。

 旋律を伴った歌声が朗々と響く。




 天地あめつちの遠きが如く


 鳴鳥かむなきの野に照る宮は


 天帝の御命みことかしこ


 清らかに祓へてましを


 たたなづく青垣ごも


 花ばなの咲き誇るらむ


 よろこびの鳥はやよと


 天に住まふ神をそ祈る かしこくあれども




 清原王きよあきおおきみの書いた文字が、漆黒の闇にぽわっと光って天へと昇ってゆく。暗闇に光の粒が滲んだような気がした。

 文字が歌が、天へゆく。


 次に清白王きよあきおうが反歌を詠む。




 万代よろづよに真幸まさきくあれと大君おおきみの祈りありせば神光じんこう降るべし




 声が遠くまで飛んでゆく。

 清白王きよあきおうの文字も、暗闇に、星のような輝きを作った。


 そして、あたしだ。

 あたしは息を吸い、和紙に反歌を書きつけた。そして、詠唱する。




 神ながら治めたまへば紫微宮しびのみや絶ゆることなく神鳥かみどり鳴かむ




 歌声が、光る文字に絡まるようだった。

 不思議だ。

 鶴を飛ばしたときよりもずっと、深いところから声が出て、遠いところまで飛んでゆく。筆が紙を走る感触さえ、厳粛な響きがした。


 黒い空がじわりと滲み、ほんの少し光が見えた。

 人々が歓喜にどよめく。

 細い光が幾筋か、地上に降り注いだ。

 もう少しだ。


 次は清白王きよあきおうの長歌だ。

 清白王きよあきおうは筆を美しく滑らせて、和歌をしたためていく。

 清白王きよあきおうの文字は、背筋が伸びるような、まっすぐな感じがするものだった。

 長歌を歌う。


 


 やすみししわご大君おおきみ


 高知らず千万ちよろづなりて


 朝凪に白波しらなみ寄せて


 夕凪に青波あおなみ寄せて


 うるはしや 鳴鳥かむなきの野は


 天皇すめろきの神のみこと


 紫微宮しびのみや いやますますに


 たひらけく満ち満ちゆかむ たっとし見れば




 天に届く、光の文字と美しい歌声。

 天から降る光の筋が増えてゆく。世界はもう漆黒の闇ではなくなってきた。

 

 清白王きよあきおうの長歌を受けて、次はあたしが反歌を詠む




 うるはしき鳴鳥かむなきの野に神の子のかしこくおはす たひらかならんや




 届け。

 届け、想いよ。

 文字が光る。

 そして、空から降る光の筋が、また少し、増えた。


 清原王きよはらのおおきみが最後の反歌を紙に書く。

 清白王きよあきおうと顔は全然似ていないけれど、筆跡は似ていることに気づき、あたたかい気持ちになった。




 高照らす御子みこ言祝ことほぎ花舞ひて天光てんこう注ぎ清らかなるも


 清らかなるも




 清原王きよはらのおおきみは最後の句を繰り返した。

 そのとき。

 黒い空が、割れた、と思った。

 光が。

 眩しい昼間の光が、一時に降り注いできた。

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