第四十五話

 あれほど強力なしゅをかけることが出来たのは誰?

 それに、毒。

 使われた毒は恐らく鴆毒ちんどくで、しかも大量に使われた。

 ……そもそも、嘉子かこ皇后も毒にやられていた。としたら?

 鴆毒ちんどくは、真榛まはりでさえ原料が分からないというほど、幻とも言われる、入手困難な毒。


 毒を手に入れられて、しゅを使える文字の力がある人物。そして、この紫微宮しびのみやを自由に行き来出来ることの出来る人物。嘉子かこ皇后が死ぬと都合のよい人物。それは一人ではない。聖子せいこ皇后も言っていた。清白王きよあきおうは文字の能力が高いから、呪をかけることは難しいと。では一人ではなく、複数だ。そのうえで毒を用いている。


 ぞわり。

 ふじ氏、たちばな氏、あし氏、かずら氏、うるし氏、ひのき氏。

 藤氏は恐らく関わっている。

 でも、藤氏の誰が?

 聖子せいこ皇后の父親?

 藤氏以外では、どの氏が?

 文字の能力が高く紫微宮しびのみやに出入り出来、かつ毒を入手出来る者。

 それは?



宮子みやこ

 思考に沈んだあたしの名を、清白王きよあきおうが呼ぶ。

「はい」

「……誰がしゅを行ったかよりも、今は災異鳥さいいちょうをなんとかして、太陽を取り戻し、みなを安心させたい」

 清白王きよあきおうの言葉に我に返る。


「ここに来る前、相談があると言ったのを覚えているか?」

「あ! ……はい!」

 聖子皇后と災異鳥さいいちょうに心をすっかり奪われていたけれど、清白王きよあきおうは確かにそう言っていた。


「相談と言うのはね、宮子。大祓おおはらえの儀を執り行いたいということなんだ」

大祓おおはらえ?」

「そう。夏越しのはらえ、冬越しのはらえのように、一年の間に決められた時期に行うものではなく、何事かあったときに行う大がかりなはらえの儀式なんだ。いま行わずして、いつ行う?」

 清白王きよあきおうは笑う。その姿は自信に満ちているように見えた。


大祓おおはらえは、今上帝である父上とわたしが長歌を読み、それに対する反歌をわたしと今上帝、そして、宮子、そなたも含めて行いたい」

「あたしが?」

「そう」

 清白王きよあきおうはあたしの頭に手をやると

「折り鶴の舞いは見事だった。おかげで、大祓おおはらえの儀を行えるくらいには回復をしたよ」

 と言った。


「父上とわたしで長歌を詠めば、お互いに残っているしゅも完全に解除げじょ出来る。宮子が加われば、妃としての地位も確かなものになるだろう。それに」

 と言って、清白王きよあきおうはあたしの耳元に唇を寄せて

「宮子の祝詞のりとは、わたしには一番の回復薬なんだよ」

 と言った。


 耳! その声で、耳元で囁くの禁止~~~!

 七夕しちせきの夜を思い出してしまう。

 辺りが暗くてたすかった……。

 そんな場合ではないのに、あたしは心臓がばくばくしてしまう。


「あ、あの。じゃあ、清原王きよはらのおおきみにも相談しないとね」

「うん、それはもう話はしてあるし。……それから、話すにしても、もう少し待ってからがいいかな」



 薄明りの中で、清原王きよはらのおおきみと聖子皇后はまだ抱き合ったままだった。

 声が小さく聞こえる。

「お前はもうとっくに、わたしの妃であったよ、聖子」

「……はい」

「これからは肩を並べて生きていこう。言いたいことはきちんと言うがいい」

「……はい……清原きよはらさま」

 高子たかこ王女ひめが目に涙を浮かべながら、その姿を見ている。


 暗闇に白い小さな花が、ユキヤナギが舞っていた。

 ユキヤナギはとても嬉しそうに、大きく一回ぐるりと白く揺れると、ふっと消えたのだった。

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