第五章 かなしみの叫びと世界の浄化――未来へ

第一節 聖子皇后

第四十話

 気がついたらもう太陽は高く昇っていた。


「あたし?」

「昨日は能力を使い過ぎたんだよ」

清白きよあきさま」

「おはよう」

「おはようございます……きよあき、さま」

 あたしは、清白王きよあきおうの頬をそっと触る。

「ん?」

「……ほんもの……よかった……」

「ほんものだよ」


 清白王きよあきおうはあたしの手をとり、手に唇を寄せる。

 それから、寝ているあたしに覆いかぶさるようにして、キスをする。

 清白王きよあきおうの首に腕を回した――ところで清白王きよあきおうが躰を離した。

「このままだと、離れられなくなってしまう」

 そう言って、くすりと笑う。

 清白王きよあきおうはもう一度キスをすると、言った。

「起きられる? みなが待っているし、相談したいこともあるんだ」

「うん」



 身支度をして、清白王きよあきおうと今上帝が横になっていた部屋に行く。

 今上帝が半身を起こしていた。

 高子たかこ王女ひめもいた。

清原王きよはらのおおきみ。お加減はいかがですか?」

宮子みやこどの。……ありがとう。かなりいいよ」

「よかった」


 高子王女ひめが複雑な顔をして、あたしを見ている。あたしは笑顔を返す。

 こうしてみると、高子王女ひめはほんとうに清原王きよはらのおおきみに似ている。

 真っすぐな髪も瞳も。

 高子王女は清原王きよはらのおおきみが癒えたせいか、優しい顔になっていた。

 印象が全然違う。

 もしかして、昨日の解除げじょの儀式は、高子王女ひめに長い年月囁かれ続けていた、母親の聖子せいこ皇后による恨みの呪詛も晴らしたのだろうか。……そうであったのなら、いい。


「昨日の折り鶴の舞いの祈りで、しゅの半分は解除げじょ出来た」

 清白王きよあきおうが言う。

「半分?」

「何しろ、強力な呪だったから」

 半分の解除げじょで動ける清白王きよあきおう。しかし、まだしゅは残っている。



「なんと、死んでおらなんだか!」


 そこへ、強い声が刺さった。

 振り返ると、ゆるいウェーブがかかった長い髪を垂らして、赤いヒガンバナを髪に挿した女性が入ってきた。

聖子せいこ

 清原王きよはらのおおきみが言わずとも、すぐにそれは聖子皇后だと分かった。


 オーラがあった。

 全身から、気を発していた。

 臙脂えんじ色と冴えた紫色の高貴さが漂う衣をまとい、美人ではないが、目を離さずにいられない顔だち。瞳にも口元にも、強い強い意志が現れていた。 ――そして、哀しみが。


 象徴花しょうちょうかがヒガンバナ。

 ヒガンバナの花言葉は、情熱、あきらめ、そして悲しい想い出。どうしてだろう。悲しくて胸が痛い。


 聖子皇后は清白王きよあきおうをきっと睨みつけると、

「ようやく死んで、世の中が平和になると思うておったのに」

 と言った。

「高子」

 今度は高子王女ひめを呼ぶ。

「お母さま」

「おぬしはここで、何をしておる」

「……だって。お父さまが心配で……」

 高子王女ひめはいつかの高圧的な態度はどこかへ消えたように、意気消沈した様子で応える。この親子はいつもこういう会話だったのだろうか。


「ふん」

 聖子皇后は上から見下すようにそう言うと、もう一度清白王きよあきおうに向き直った。

「お前は死んでいればよかったのだよ。死体を見に来たのに、なんでぴんぴんしておるのだ?」

 清白王きよあきおうはそれには応えず、ただ薄く笑うだけだった。

「……お前は昔から可愛げがなかった。その白い髪、金色の瞳。……たまたまであろう? 何が伝説の姿だ。疫災そのものではないか」


 空気は張り詰めて、その場にいるものはみな、聖子皇后の迫力に押されていた。

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