第三十九話

 あたしは短歌を和紙に書きつける。

 そして、息を大きく吸って、詠唱する。

 願いよ、届け。

 想いよ、高く高くゆけ。

 愛しいあの人とあの人が愛したものを、守るために。




 天地あめつちと別れし時ゆ 天皇すめろきこと宿り神へ届かしむ



 八千戈やちほこの神の御世より織りをりて高照らす君国を見給ふ



 大空ゆ 鶴を飛ばしてこふわれは平らかならむと祈りりたり



 鳴鳥かむなきの野におはします大君の安らかなるを願ひつるかな



 こひねがふ 清き国なれさきくあれ花鳥かちょう舞ひ飛びうるはしくあれ



 うるはしくあれ




 真榛まはりのアドバイスに従い、一首ずつ書いて詠唱するのではなく、全て書いてから詠唱をして、最後の句を繰り返した。

 より長歌に近づけるために。

 和歌は旋律に乗って、遠くまで飛んでいく。

 折り鶴が飛んでゆく。

 一羽一羽、蛍のように青白く優しく光って。

 折り鶴の中から祈言が現れ、空に飛んでゆく。

 あたしの和歌の文字も、光を伴って空に飛んでゆく。

 ヒメシャラが、折り鶴と舞いを舞う。

 


 天翔あまがけことば


 天にかけてゆけ。

 あたしの祈り。

 あたしの思い。

 あたしの願い。

 それは、あたしだけのものじゃない。

 多くのひとが祈って思って願っている。


 天にかけろ、祈りの言の葉よ。

 この、美しの国のために。



 あたしは両手を大きく開いて、天を仰いだ。

 旋律の余韻と、舞う折り鶴と、光る文字、そしてヒメシャラ。


 漆黒の闇がじわりと、光の染みをつくった。

 星が、尾を引いて降って来た。

 幾つも幾つも。

 尾を持つ星。

 光る、流れ星のような祝福。


 白く光る星が輝く尾を引いて、幾筋も幾筋も、光の帯をつくった。


 

 なんてきれいなんだろう。

 気づいたら、涙が頬を伝っていた。

清白きよあきさま……」

宮子みやこ

 名を読んだら、名を呼ばれ、清白王きよあきおうその人に後ろから抱きしめられる。


「ありがとう、宮子」

清白きよあきさま」


 清白王きよあきおうに口づけされる。

 長い口づけ。

 ぬくもり。

 きらめき。

 ひかり。

 体温。

 匂い。

 生きている。

 生きて、ここにいる。

 口づけを返す。

 よかった。

 あなたがいて。

 あなたにあえて、よかった。

 清白王きよあきおうに抱きしめられ、体温と薫りを感じながら、目を閉じた。



 折り鶴が、ヒメシャラが、光る文字が、天に昇ってゆく。

 降り注ぐ星と、星から伸びる光の尾が、帯となって辺りを包み込む。


「宮子、ありがとう」


 清白王きよあきおうの声が、遠くで聞こえた。

 あたしの意識は、そこで途絶えた――

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