第二十九話
天の川 夜船を漕ぎて
(天の川に船を漕いでいき妻を迎えよう。逢うときをどんなに待ったことか)
あたしは和歌で応える。
星の船 天の川原に漕ぎゆきてわが待つ君に
(恋人同士のための船が天の川をゆきます。わたしもあなたを待っています。好き
ですと伝えたくて)
目合わしの儀、という言葉が頭に浮かぶ。
(月が美しい夜に、わたしの愛しい妻が天の川の向こうで袖を振っている。ああ、
早く逢いたいものだ)
あたしは和歌で応える。
(七夕の夜船出をして、天の川を渡るあなたがいつ来るか今日こそは逢えるかと、
衣を濡らしながら待っているのです)
薄く鳴っていた弦の音もいつの間にか止んで、辺りは静寂に包まれている。筆が紙に流れる音が聞こえるほどだ。そこに
ときどき、風が渡る音が聞こえ、短冊がしゃらしゃらと歌った。
夜空の星ぼしは和歌の旋律に合わせて、瞬いているようだった。
(
息が霧となって漂う星の川。わたしはその川を渡ってあなたに逢いに行く。恋心が
強くならないわけはない。あなたを知るにつけ、増すばかりだ)
星波をい漕ぎ渡りて
(星の波を漕いで渡ってくるあなた。心の底から恋しています。あなたと衣を交換
したいものです)
不思議だ。
きっと、和歌でなければ伝えられなかった。
(あなたにずっと逢いたかった。逢うまでの間はとても長く感じたものだ。今夜は
あなたと一緒に寝て、朝の鳥の声を聞きたい)
……
あたしも。
(あなたと過ごす夜をずっと待っていました。恋しくて。あなたの腕枕で眠りたい
と思っています。あなたがわたしのもとに来る音を恋しく待っています)
星が。
星が降って来た。
きらきらと、白く黄色く青白く、或いはあかく。
星が幾つも幾つも降ってくる。
祝祭。
文字が光となって空に昇ってゆく。
同時に星も降って来る。
なんて美しい。
ぬばたまの夜霧を超えて船行かむ
(夜をいっしょに過ごそう。愛しい妻よ。心を開いて待っていて欲しい)
好きです。
わが
(愛しいあなたのずっとずっと近くまで行く夜。心から望んでいます。ほんとうに
好きです)
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