第二十九話

 清白王きよあきおうが和歌を書き、あの艶のある声で詠唱する。歌声が響く。


 


 天の川 夜船を漕ぎてつま迎へ星合ふときぞ待ちにけるかも


 (天の川に船を漕いでいき妻を迎えよう。逢うときをどんなに待ったことか)




 清白王きよあきおうの声はあたしの心の深いところまで届く。

 あたしは和歌で応える。




 星の船 天の川原に漕ぎゆきてわが待つ君にこと告げむ


 (恋人同士のための船が天の川をゆきます。わたしもあなたを待っています。好き

 ですと伝えたくて)




 清白王きよあきおうと目が合う。

 目合わしの儀、という言葉が頭に浮かぶ。

 清白王きよあきおうが和歌を詠む。




 夕月夜ゆふづくよ わがふる川辺かわべ立ち袖振る姿遠くに見ゆる


 (月が美しい夜に、わたしの愛しい妻が天の川の向こうで袖を振っている。ああ、

 早く逢いたいものだ)




 あたしは和歌で応える。




 織女たなばたし船出すらしも君思ひ今日けふ今日けふかときぬ濡らし待つ


 (七夕の夜船出をして、天の川を渡るあなたがいつ来るか今日こそは逢えるかと、

 衣を濡らしながら待っているのです)




 薄く鳴っていた弦の音もいつの間にか止んで、辺りは静寂に包まれている。筆が紙に流れる音が聞こえるほどだ。そこに清白王きよあきおうとあたしの声だけが響き渡る。

 ときどき、風が渡る音が聞こえ、短冊がしゃらしゃらと歌った。

 夜空の星ぼしは和歌の旋律に合わせて、瞬いているようだった。

 清白王きよあきおうが詠唱する。




 牽牛ひこぼしの思ひますらむ 霧立てる星の川ゆきに恋ひぬべし


 (牽牛ひこぼしであるわたしの、あなたへの思いはどんどん強くなっていく。あなたを思う

 息が霧となって漂う星の川。わたしはその川を渡ってあなたに逢いに行く。恋心が

 強くならないわけはない。あなたを知るにつけ、増すばかりだ)




 清白王きよあきおうの和歌にくらくらしながらも、あたしも和歌を詠む。




 星波をい漕ぎ渡りてこころよりこひふる君と袖交はしたり


 (星の波を漕いで渡ってくるあなた。心の底から恋しています。あなたと衣を交換

 したいものです)




 清白王きよあきおうの目が見開く。

 不思議だ。

 きっと、和歌でなければ伝えられなかった。

 清白王きよあきおうが詠む。




 こひしくは長きものを に逢ひて鳥の初音を共に聞かむと


 (あなたにずっと逢いたかった。逢うまでの間はとても長く感じたものだ。今夜は

 あなたと一緒に寝て、朝の鳥の声を聞きたい)




 ……清白きよあきさま。

 あたしも。




 七夕なのかよ織女たなばたひめらむ手枕たまくらせむと楫の音聞こゆ


 (あなたと過ごす夜をずっと待っていました。恋しくて。あなたの腕枕で眠りたい

 と思っています。あなたがわたしのもとに来る音を恋しく待っています)




 星が。

 星が降って来た。

 きらきらと、白く黄色く青白く、或いはあかく。

 星が幾つも幾つも降ってくる。

 祝祭。

 清白王きよあきおうが最後の和歌を歌う。

 文字が光となって空に昇ってゆく。

 同時に星も降って来る。

 なんて美しい。




 ぬばたまの夜霧を超えて船行かむ こひしきつまよ紐解きて待て


 (夜をいっしょに過ごそう。愛しい妻よ。心を開いて待っていて欲しい)




 清白きよあきさま。

 好きです。




 わが背子せこに玉橋渡り逢ふ夜に紐解き待たむ こひわたるべし

  

 (愛しいあなたのずっとずっと近くまで行く夜。心から望んでいます。ほんとうに

 好きです)


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