第二十四話

 ははきの阿胡あこ

 八束やつか真楯またての母親。

 そして、清白王きよあきおう出産後にすぐに亡くなってしまった嘉子かこ皇后に代わって、清白王きよあきおうをお育てした方。


「ようこそいらっしゃいました」

 なんて、やわらかい雰囲気なのだろう。ははき氏には文字の能力はないはずだが、文字の能力で癒されているような不思議な気持ちになる。少しふっくらとした顔立ちに、やわらかいゆるくうねりを持った髪。柔和な顔って、こういう顔を言うんだ。 

阿胡あこさま」

「はい、宮子みやこさま」

 阿胡あこはにっこりと笑う。


 ――ああ、この方に育てられたのなら、よかった。

 黄葉もみじばの恋を応援したかったのも本当だったが、あたしは清白王きよあきおうを育てた人物に会ってみたかったのだ。そうして、実際に会って、あたしは心から安心した。


「今日は、突然ごめんなさい」

「いいんですのよ」

「あたし、阿胡あこさまにお会いしてみたくて」

「私も宮子さまにお会いしたかったですよ。何しろ、清白王きよあきおうの選んだ方ですから」

 阿胡あこはにっこりと笑った。



 阿胡あこは、清白王きよあきおうの生まれを話してくれた。

 清白王きよあきおうのお父さまである清原王きよはらのおおきみの妃は本来、現皇后の聖子せいこ皇后に決まっていた。


「でも、清原王きよはらのおおきみは出会ってしまったのです。嘉子かこさまに」


 嘉子かこ皇后。

 皇后と呼ばれているが、本来は皇后の地位につけるはずではなかった。

 天皇の后には位があり、ひん夫人ぶじん、そして皇后こうごうがあった。

 ひん夫人ぶじんは、家の格により決まる。

 皇后の地位は特別なものだった。

 天皇の子どもを産んだもの。そして、天皇に何かあった場合、代わりが出来るような高い文字の能力を有するもの。その二つが、皇后になるために必要な条件だった。


嘉子かこさまは本来、皇后にはなれなかったのです。なぜなら、文字の能力がなかったものですから」

「そうなの? 清白きよあきさまが、お母さまは橘氏だっておっしゃっていましたから、てっきりあるものだと」

「ええ、橘氏です。でも、橘氏でも末端で、清原王きよはらのおおきみめあわしの儀をするために、体裁を整え、本家当主の養女になったんです。そうしてようやく、婚姻を結ぶことが出来たんですよ」

「そうだったのね……」


清原王きよはらのおおきみ嘉子かこさまへの想いは深く、亡くなったときはほんとうにお嘆きで。皇后の位は嘉子かこさまが亡くなってから、送られたのです。周りはお止めしたのですけれど、清原王きよはらのおおきみの想いがあまりに深くて」


 ふいにざあっと風が吹いて、濡れ縁から新鮮な空気が飛び込んで来た。花が舞う。白い小さな花。……ユキヤナギ?


「……清原王きよはらのおおきみ嘉子かこさまは、ほんとうに愛し合っておられました。嘉子かこさまに文字の能力がないことから、また、もともと決まっていたふじ氏の聖子せいこさまとの婚姻を止めてまで、嘉子かこさまを妃に迎えたことから、風当たりはとても強かったのですが。でも、お二人はお互いがお互いを、心から思いやっておられました」


 ユキヤナギの白い可憐な花がひらひらと舞う。

 ユキヤナギは今上帝、つまり清原王きよはらのおおきみ象徴花しょうちょうかだ。


「……ふふ。私ね、嘉子かこさまが今でもおそばにいらっしゃる気がしてなりません。何しろ、生まれた清白王きよあきおうのことを、それはそれは大切に思っていらっしゃいましたから。亡くなられる瞬間まで、清原王きよはらのおおきみ清白王きよあきおうの心配ばかりされていらっしゃいました」

 阿胡はにっこりと笑った。

「ねえ、嘉子かこ皇后はどうして亡くなったの?」

「それは……」

 阿胡あこが何かをしゃべろうとしたとき、力強い足音がして背の高い人物が入ってきた。


 

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