第九話

 めあわしの儀は鳴鳥野かんなきのきょう紫微宮しびのみやの大祭殿で行われた。鳴鳥野かんなきのきょうもとくにの都で、紫微宮しびのみやは政治が執り行われる中心地だ。紫微宮しびのみやには、天皇や皇太子の御所、様々な役所、そして儀式を行う大祭殿があった。

 こちらに来たとき、上から見えた、これまでに見たことのない形状の建物は、紫微宮しびのみやの大祭殿だった。屋外の能舞台のようでありながら、もっとずっと神秘的な輝きを放っていて、美しい流線形の、天に向かうような建築物だった。


 その、大祭殿に数多あまたの人々が集まる。

 皇族の面々、六家りっかの面々、そして貴族たち。

 壮麗な光景だった。

 美しく飾られた祭殿に、象徴花しょうちょうかをつけ祭事の衣装を身に着けた人々がさざめく。花の匂いとも木の匂いともとれる、かぐわしい香が漂い、衣擦れの音がまた、厳かさを盛り立てていた。集まった人々は大祭殿の舞台の下座に坐しており、音楽を奏でる人々もいた。みな儀式が始まるのを静かに待っているのだった。


 ふと、鋭い視線が突き刺さるのを感じた。

 ――この中に、清白王きよあきおうや今上帝に呪いをかけた人間がいるんだ。

 そう考えると足が震えた。


「宮子、わたしがいるから」

 清白王きよあきおうが囁く。

「はい」

 あたしは胸を張り、毅然とした態度でめあわしの儀に臨んだ。

 弦楽器が鳴り、祥瑞鳥しょうずいちょうの声に似た楽器の音も響く。

 清白王きよあきおうと並んで座った前に、今上帝が現れ、金箔を施した薄紅色の和紙に筆で文字を書いていった。


 和歌を書き終わったあと、今上帝が詠唱する。

 旋律を伴って、歌うように。




 鳴鳥かむなき紫微宮しびのみやにて


 瑞枝みづえさししじに生ひたる


 神ののいやつぎつぎに


 万代よろづよに広がりゆかむ


 清き瀬の白き水沫みなわ


 みやこどり羽根そ遊ばせ


 紐きて絶ゆることなく


 花咲けと神に祈れば 真幸まさきくあらむ



 

 今上帝の声が朗々と響き渡り、同時に紙に書いた文字が光を持って浮かび上がり、天に昇って行った。

 そして次に清白王きよあきおうが、先ほど今上帝が使った和紙と同じような和紙に文字を書きつける。

 そして、詠唱する。美しい歌声が響く。




 鳴鳥野かむなきの 清き宮にて花の降り神光じんこうありてよろこび歌ふ




 清白王きよあきおうの文字も光を伴って、天に昇っていく。

 祝詞のりとは、天翔あまがけことば

 天皇家とそれに極近しい血筋のものだけが、天に住まう天帝に詞を届けることが出来る。

 それがこんなにも美しい光景だなんて。


 天皇家のものたちは、ただ名前だけを呼ばれ、通常、氏は呼ばれない。

 しかし、氏はある。

 天翔あまがけことばを操るから、天翔てんしょう氏。


 

 今上帝の長歌による祝詞と、清白王きよあきおうの反歌による祝詞が天に届き、そして天からは光の祝福が降ってきた。

 ライスシャワーのように、白く細かな輝き。


 ああ、分かる。

 浄化されている。

 あたしも、すべての人たちも。そしてこの世界そのものが。

 清白王きよあきおうから重苦しい黒いものが消えていくのを感じた。今上帝からも。

 これが、しゅ解除げじょと浄化。


 人々の歓声が聞こえ、辺り一面祝祭のていを為した。

 清白王きよあきおうがあたしの手をとり、立ち上がる。

 集まった人々へ視線を巡らす。



「宮子、ありがとう」

清白きよあきさま」

 清白王きよあきおうはあたしを少し引き寄せて、耳元で囁いた。

「――大切にするから」

 う、うん。

 あたしはなんとか頷いた。

 イケメンのイケボの囁き、禁止にして欲しい。

 ああ、勘違いしてしまう……!



 天からの光に加え、今上帝の象徴花しょうちょうかであるユキヤナギの小さくかわいらしい花と、清白王きよあきおうの白く艶やかなシャクヤクが空を舞っていた。

 音楽隊の演奏が祥瑞鳥しょうずいちょうのうたのように奏でられ、世界は祝福で満ちているようだった――



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る