第八話

「それにしても宮子みやこさまの髪はお美しいです。こんな濡烏ぬれがらす色の髪は特別です」

「そうなの?」

「そうです。清白王きよあきおうの白い髪も特別ですが、宮子さまの濡烏の髪も特別で、白黒揃って、ほんとうに縁起のいいことです」

「そうなんだ」

「そうですよ。白い髪を持つ天皇と濡烏の髪を持つ皇后の御代は繁栄すると、昔から言われています」

「……あたし、まだ皇后じゃないわよ」

「まだ、清白王きよあきおうは即位されていませんからね」

 黄葉もみじばはそう言って、くすりと笑った。


 あたしの胸はちくりと痛んだ。

 あたし、とりあえずの仮の妻だと思うんだけどなあ。

 でも、かわいい黄葉もみじばの笑顔を見ていると、黄葉もみじばを始め、ここにいるみんなが笑顔でいられるようにしたいと思うのであった。


「さ、出来ました! お美しいです、宮子さま。鏡をご覧になってください」

 姿見に映る自分の姿は、確かにきれいだった。

 十六歳の自分。

 こんなにきれいだったんだ。

 自分なんだけれど、自分じゃないような不思議な気持ちがした。

 三十歳の自分は思慮深いつもりでいた。でも同時に臆病にもなっていた。そして、少し後ろ向きでもあった。

 だけど、あたし、もともとはもっと元気で前向きだった。

 実際に十六歳だったときは自覚がなかったけれど、こんなにもエネルギーに満ち溢れている。


「美しいな」

 いい声がして振り向くと、清白王きよあきおうがいた。


 清白王きよあきおうめあわしの儀の衣装を身に着けており、それはそれは素敵だった。白と露草色の重ねに銀糸でシャクヤクの花が描かれていた。群青色が差し色で入っている。清白王きよあきおう象徴花しょうちょうかはシャクヤクで、それが実によく似合っていた。シャクヤクが似合う男性! 眩暈がしそう。


清白王きよあきおうこそ、お美しいです」

 頬が赤くなるのを感じながら、そう言う。

「……めあわしの儀を行って夫婦になるのだから、清白きよあき、と呼んで欲しいな」

「き、清白きよあき、さま」

「わたしも宮子、と呼ぼう。さあ、行こう」

 清白王きよあきおうが差し出して手をとって、歩く。ゆっくりと。


 黄葉もみじばが「なんてお似合いなんでしょう」とつぶやくのが聞える。

 黄葉もみじば! あのね、たぶん、それ勘違いだから!

「どうした?」

「い、いえ」

 清白王きよあきおうに覗き込まれて、どきどきしてしまう。

「緊張しなくてもよい。わたしがいるから」

 清白王きよあきおうが手に力を込める。

 ……もっと緊張するんですけど!

「大丈夫。わたしが宮子をずっと大切にする」


 清白王きよあきおう

 あなたは二十三歳だということです。

 ということは、ほんとうのあたしより、七歳も年下なの。

 だからね、あたしがあなたを守りたい!

 あたしはそんな気持ちを込めて、清白王きよあきおうを見てにっこりと笑った。

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