第三節 結婚――皇太子妃になる!?

第五話

「お気づきになりましたか?」

 美しい顔が苦しそうに歪んで、胸が痛んだ。


「……すまない。倒れたのか、わたしは」

「はい――あ、起き上がって、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ――これでも、宮子みやこどのが来てくれたから、だいぶいいのだ」

 清白王きよあきおうは身体を起こし、座った姿勢になった。

「あたしが?」

「そうだ。そなたは、橘の始祖の血筋の魂を持つものだから」


 

 文字の能力は天に住まう天帝から授けられた。

 それが天皇家の始まり。

 天皇は代々、天帝にことばを届け、天帝からの応えを戴いて世界の調和を保ってきた。天皇家はそうして世界の調和と平和を司る役割を果たしてきたのだ。文字の能力で。


 そして、天皇家の血を分け与えられ発展して行った家を特別に六家りっかという。六家りっかの始祖は書が特別に美しく、彼らを六筆りっぴつと言った。六筆りっぴつの文字の能力は高く、天皇家に迫るほどだったという。

 六筆りっぴつから始まった六家りっかは、ふじ氏、たちばな氏、あし氏、かずら氏、ひのき氏、うるし氏である。



六筆りっぴつ……橘の始祖の、血筋の魂? あたしが?」

「そう、橘の。わたしの母も橘だ。――いま、残念ながら天皇家は安泰とは言えない状況にある。この状況を打破するために、異界にある橘始祖の血筋のものを呼んだのだ。魂寄たまよせの儀で。血筋のものは、やはり特別な力を持つ。宮子どのが来たとき、祥瑞鳥しょうずいちょうが現れたのがその証だよ」

 清白王きよあきおうにまっすぐに見つめられる。あまりにも好みの顔立ちに、心臓がどきどき

してしまう。だめだめ! いま、すごく大事な話なんだから! 


 清白王きよあきおうは静かな笑顔で続けた。

「……わたしのこの病状も、力の強い何者かの呪いによるものなのだ。……しゅを解くことを解除げじょというが、しゅ解除げじょには文字の能力が必要なのだ。しかし、己にかけられたしゅは自分では解除げじょ出来ぬのだよ。――宮子どの。わたしの名前を、宮子どのの筆で、書いて欲しい」


 清白王きよあきおうがそう言うと、金箔が少し入った和紙と硯に入った墨が用意された。

 真剣な眼差しに押されるように、あたしは和紙に「清白王」と書いた。一文字ずつ丁寧に。心を込めて。

「そして、わたしの名を読んで欲しい。書いたままに、清白王きよあきおうと」

「……清白王きよあきおう

 心を込めて、発音する。愛しさも込めて。


 すると、あたしが書いた文字は光を放ち、あたしがここに来たときと同じように、金色の光が辺り一面に浮かんだ。そして、光は清白王きよあきおうを包み――清白王きよあきおうに吸い込まれたのだった。

 光を吸収した清白王きよあきおうの顔には赤みが差し、輝くように見えた。


「ありがとう、宮子どの。宮子どののおかげで、完全ではないものの、しゅ解除げじょが出来たよ」

「あたしが?」

「そう」

 清白王きよあきおうはにっこり笑うと、あたしの頬に手をやった。


魂寄たまよせの儀で、宮子どのを呼んだのは、このわたし。――すまない。わたしたちのことに巻き込んでしまって。……宮子どのが現れたとき、大瑞たいずいしるしである祥瑞鳥しょうずいちょうが飛び、よろこびのうたを歌った。七色なないろの雲を伴って。誰も見たことのない光景だった。ほとんど伝説でしかなかった光景だ」


 あたしはあのときの光景を思い出す。

 白い鳥が美しいうたを歌って、七色なないろの雲が輝いて金色の光が降り注いで。

「とても、きれいだったわ」

「そう。みな、心を奪われた。そして、分かったのだ。宮子どのが橘の始祖の血筋の魂を持つと。宮子どのには強い文字の能力があると」

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