天翔る美しの国【壱の巻】――年下だけど年上の君を守りたくて

西しまこ

第一章 光る筆とイケボに誘われて

第一節 今日は三十歳の誕生日

第一話

 夜の静寂しじまに、ヒールの音がかたく響く。駅からマンションまでの短い道のり。

 自分と同じくらいの年代の夫婦とすれ違った。

 今日はあたしの誕生日。気づけば三十歳だ。ああ、三十歳かあ、と思う。子どものころに思い描いていた三十歳と、ずいぶん違う。子どものころは漠然と、さっきすれ違った夫婦みたいになっているんだと思っていた。

 あたしは幸せそうに笑っていた由香利ゆかりを思い出した。



「由香利、久しぶり。話したいことって?」

 小洒落たレストランで、メニューを見ながら、何気ない気持ちでそう聞いた。由香利とはよき独身仲間だった。仲の良い友だちは三十歳前にばたばたと結婚していき、近頃は由香利と二人で会うことが多かった。

宮子みやこ! あのね、わたしね、赤ちゃんが出来たの!」

「え?」


 あたしは動きが一瞬止まってしまった。「耕司こうじさんと?」かろうじてそう言う。

 由香利には長くつきあっている恋人がいたが、長くつきあいすぎて結婚に向かわない、どうしよう、という話をついこの間聞いたばかりだった。


「うん、そう! 思いがけず出来ちゃって。それで、耕司が結婚しようって!」

 由香利はこれまでにない笑顔で「耕司ね、結婚したくなかったわけじゃなかったの。タイミングを逃して言い出せなかっただけだったんだって!」と続けた。

「そう、よかった! おめでとう、由香利!」

「ありがとう!」

「結婚式はするの?」

「結婚式というか、身内と近しい友だちとだけで簡単に食事会だけやろうと思って。宮子も来てね」

「うん、ぜひ! あ、招待状の表書き、書こうか?」


 由香利と共通の友だちが結婚式をするとき、頼まれて招待状の表書きを書いたことを思い出して、そう言った。あたしは書道教室を開いていた祖母から書を習っていて、文字を書くのがとても得意だった。筆文字がきれいに書けることは、あたしのささやかな特技だった。


「ありがとう、でもね、耕司とも話して、パソコンで作って印刷しようと思っているの。宮子も忙しいしね」

「うん、分かった」

 意識して笑顔を保ちながら、応える。


 その後、おめでとう! を何度も言いながら食事をし、「悪阻は大丈夫みたい」と言う由香利に「身体、大事にしてね」などと言いながら、別れた。

 お会計は、「お祝いだから」と言って、あたしが二人分を支払った。由香利は今までにない晴れやかな笑顔で、あたしに手を振った。

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