第四十五食 自分が食べたいと思うだけでなく、他の誰かにも食べてほしいと思えたら、それが本当にうまいもの

 幼いときから、全てにおいて衣素のほうが優れていた。母の視線は衣素にしか注がれていなかった気がする。

 年頃になり、食べる量が増えた。自分は他人よりも多くの量を食べられるのだということを知った。冷やかしで出場した大会で優勝すると母は褒めてくれた。衣素を遊び飽きたおもちゃのように見限ってくれた。


 ――それなのに……。


 衣素は再び、焙油と肩を並べるようになった。『俺もやってみようかな』などと、こちらがようやく到達した高みに涼しい顔で辿り着く。本人に悪気がない分、イラついた。

 

 ――私は家族の食事の席にも顔を出さなくなった。


 二十分が経過し、焙油は二十個、衣素は十六個を食べ終えた。

「焙油選手、スタートダッシュが響いているのでしょうか。接戦になりつつ――」

 一度は衣素に希望を持たせて打ち崩す。素人を完膚なきまでに叩き潰したところを見せたとて、誰も納得しない。当然と思うだけだ。

 ところが今、衣素はトップファイターの姉を噛み殺そうとしている。観客の期待を一身に受けて。誰もがそれを願っている。それを迎撃してこそ、真の意味で頂点は誇示されるのだ。


 ――そろそろ追い上げるか。


 そう思った時だった。

 焙油は眼前に広がる景色に目を疑う。運営スタッフたちが観客に次々とカレーパンを配っていた。観客たちは次々にそれを頬張る。

「こんなにおいしいんだから、来てくれた人にも食べてもらわないとな――」

 衣素が得意げな表情を浮かべている。

 この状況はまずい。こいつは気づいていた。

「子どもの頃、俺たちが大会に出始めたあたりから、お前は家族との食事に姿を現さなくなった。口では『つまらない奴といると飯がまずくなる』とか言ってたけど、ホントは違うんだろ?」

 焙油の勢いが止まった。口に運ぼうと思っても手が進まない。

「お前、人と同じもの食べられねえんだろ」

 

 ――こいつ……。

 

「お前、昔からプライド高かったからな。才能ある自分と同じもんを他人が食ってるのは、どうしても許せねえんだろ? だから昨日の前夜祭の時も、飯になる前に姿を消したんだ。まあ、プロとして他の選手と争っているところを見るに、比較的少人数なら大丈夫にはなったようだが。この数なら――」

 会場では皆が嬉しそうな顔で、新商品に食らいついている。

 

 ――私と同じものを食べるな!


 息苦しくなる。早く態勢を立て直さなければ。

 目をつむるが、一度目の当たりにしてしまったものは、なかなか頭から消えない。先の恐ろしい光景は今もなお焼きついている。

 死に物狂いで咀嚼していく。

 衣素だけは倒しておかなければ。

 

 ――ここで黙らせておかなければ、衣素は何度でも立ち向かってくる……。


 その時、ゲホゲホという音とともに、衣素がせ始めた。

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