揚火宮編

第四十一食 久々に会うと、友達でも人見知りするときある

 揚火宮あびきゅう

 見上げると首が痛くなるほどに高いそのビルの最上部には、堂々とその三文字が書かれていた。

 汚れ一つない自動ドアからフロントに入る。衣素が受付で用件を伝える。緊張しているのか、いつもと違って見えた。

 受付のスタッフは受話器を手に取り、何かを話すと、エレベーターに乗るよう衣素と掌に促す。

「ああ……。嫌だな……」

「それでも、もうこれしか手がないんでしょ?」

「だってさ、俺たち、すげえ仲悪いんだよ。昔から。俺は何にもしてないのに、あいつはいつも俺に当たり強いしさ。途中からあいつ、飯の席にも顔を出さなくなったんだ。どんだけ俺のこと嫌い――」


 ――また始まったよ……。

 

 掌は衣素の愚痴を聞き流しながら、エレベーター内のパネルを見た。階数を示す数字はどんどん大きくなる。その調子に合わせるように、衣素の勢いも増していくように感じた。

 衣素はここ数日、ずっとこんな様子だった。

 エレベーターが最上階で止まる。勿体つけるような時間が流れ、ドアが開いた。

 廊下を歩き、先にある社長室のドアをノックする。返事はなかった。

「すみません。宮浜沢衣素ですけど。堅苦しいかな」

 部屋からは何の音も声も聞こえない。

「まあ、姉弟だし、べつにいいか。おい、焙油。俺だよ。いないのか? いないわけないよな」

 相変わらず、何の反応もない。

「ああ! もう、イライラするな! 時間どおりに来てんだから、お前も準備しとけよな!」

 衣素はドアノブを握り、中に入ろうとする。

「ちょっと、衣素さん。勝手に入っちゃまずい――」

「大丈夫だよ。待たせてる向こうがわりいんだから――」

 衣素が中に入る。掌も後に続いた。

 広々とした空間には、しっかりとしたデスクや家具などが置かれていて、余計なものは何もない印象だった。中には誰もいなかった。

「あいつ、やっぱ、俺のこと舐めて――」

 その時、衣素が叫んだ。

「掌、下がれ!」

「え――」

 掌は後ろに退がりながら、衣素のもとに何かが二つ飛んでくるのが見えた。衣素の腕から血が流れ、赤いナイフのようなものが一本刺さっている。もう一本のナイフは床に転がっている。

「へえー。二本とも刺さると思ってたけど、かわせるんだ」

 女性の声が聞こえる。

「お前の考えてることなんてバレバレなんだよ。部屋にいない時点で変だと思ったわ」

「その割には反応遅かったけど。結局、一本は刺さってるし。その程度の傷で済むなんて、怒りが足りなかったかしら――」

 部屋の隅に置かれたクローゼットが開く。中から身長百七十センチはあるであろう、背の高い金髪の女性が姿を現した。衣素の双子の姉――宮浜沢みやはまさわ焙油あぶらだ。

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