第四十食 お腹が空いて力が出ることもある

「君はまだ属繊を刻んで日が浅い。無理に使えば、折角手にした膳繊流が無駄に――」

「うるせえって。お前に関係ねえだ――」

「まあ、聞け」

 漆箸は蓮華に手を焼いていた。

「私はムカつく奴を叩き潰せればそれでいいわけ。お前も私の邪魔するなら、わかってんだろうな」

 あの日、彼女に手を差し伸べたことに後悔はない。しかし、それで彼女は救われたのだろうか。属繊を手に入れたことで気の弱かった彼女は別人になってしまった。彼女の心を取り戻すことはもう……。

「あの練属膳使いの男。見てるとイライラするんだよな」

 蓮華に彼らとの接点があったことを知っていれば、植瑠暖ウェルダンの情報をつかめたかもしれない。蓮華は属繊を手に入れたことによって、以前の記憶をすっかり失ってしまった。彼女から聞き出すことはもう叶わない。よかれと思ってしたことが裏目に出る。


「思春期の娘とうまくいかないお父さんじゃん」

 蓮華が去った後、その人物は漆箸をからかいながら近づいてきた。

「全くだ。彼女といいお前といい、私が連れてくる者はなぜ人の話に耳を傾けない」

 些細ないざこざで、こいつが他の団員と揉めたあの時から、篇鋼丁ベンコッティの連中は、報酬額を跳ね上げてまで優秀な膳繊手を探し始めた。こいつのあの力に対抗するために。

 団長の代が変わってからというものの、篇鋼丁ベンコッティはすっかり実力主義になってしまった。誰もが単独で動き、徒党を組む者はほとんどいない。仲間意識などないのだ。

 そのような状況で劣勢になれば、居場所などあっという間になくなる。あの日、こいつの計り知れない力を目の当たりにしたことで、皆の中に緊張が走ったのは間違いない。こいつは自身が膳繊手でないという欠点をその腕をもってして補いつつある。

「申し訳ない。植瑠暖ウェルダンの団員に遭遇したが、またもや逃した。一度ならず二度までも」

「謝らなくていいよ。関係ないもん。漆箸には感謝してるけどさ、あんたのこともあの子のことも、他の連中のことも仲間だなんて思ってないから。こっちはこっちで、好き勝手やらせてもらうからさ。『今さら?』って感じかもしれないけど」

「お前、何考えて――」

 その人物は漆箸の言葉を無視し、その場を後にした。

 やはりどいつも、人の言うことを聞かない。

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