第三十九食 自分が子どもの頃の話を親とかに聞くと、「今の自分と違うな」って思うことある

「アゲ、清水先生のタブレットで遊んでたら、たまたま見ちゃって……」

「健康管理のためにアゲの資料見てたら、閉じるの忘れちゃってて。ごめん……」

 アゲダママルと清水の表情が曇る。

「うん。いたよ」

 衣素は何でもないという顔をした。

「そんな顔するな。アゲに問い詰められたときは、話そうと思ってたからな。全部話すよ」

「うん……」

 アゲダママルは顔を上げる。

「俺はいていいの?」

 掌は念のため聞いた。

「いいよ。植瑠暖ウェルダンの他の奴らもみんな知ってることだしな」


 四人で談話室に移動する。衣素はテーブルの上にお茶を入れたカップを持ってきて、皆に渡した。そして席に着くと、アゲダママルを見て話し始めた。

「アゲ、お前には、テンカスマルっていう双子の弟がいたんだ――」

 衣素は、アゲダママルとテンカスマル誕生の経緯を話し始めた。


 今から数年前。植瑠暖ウェルダン研究部では、人工的な膳繊手――膳繊獣を生み出す研究が行われていた。研究部は目的を達成するためなら、外部の組織とやりとりすることも惜しまなかったらしい。

 研究は難航していたが、約一年半前、ようやく双子の膳繊獣――アゲダママルとテンカスマルが誕生した。研究部員だけでなく、他の部の団員も強く興味を示した。生まれたばかりの彼らを毎日多くの団員たちが見にきていたそうだ。アゲダママルとテンカスマルという名になったのは、二人の体の色が、揚げ玉と天かすに似ていたことから、衣素が勝手に名づけて呼んでいたものが、皆に浸透していったかららしい。

 右手小指の下に双方属繊を持つ兄のアゲダママル、左手小指の下に波紋属繊を持つ弟のテンカスマル。

 膳繊解放のため、双子は連日、喚食を口に運ばれていた。そして遂にその時が訪れ、膳繊は解放される。アゲダママルは血を吐くほどの苦しみに耐えた。しかし、テンカスマルは膳繊解放の苦痛に耐えきれず、命を落としたそうだ。膳繊獣は耐久力に乏しいという欠点があることがわかった。


「私たちは何とかアゲを救えたけど、テンは……」


 清水はその時の悔しさから、膳繊手の救護に、より一層力を入れるようになったそうだ。

 テンカスマルを失い、皆の興味は段々と薄れていった。当時の研究部長は『脆弱な膳繊手だ』とアゲダママルをも見限り、植瑠暖ウェルダンからも姿を消した。アゲダママルが生き延びたのは、奇跡に近い。膳繊獣の命を長らえさせる術を見出せず、研究部は膳繊獣の研究から手を引いたらしい。その態度に衣素が怒りを露わにし、彼がアゲダママルを引き取ることになったそうだ。


 アゲダママルは涙を流している。

「記憶になくても、兄弟が死んだとわかれば、お前が傷つくと思って、今まで黙ってたんだ。植瑠暖ウェルダンのみんなだって、お前が双子だってことを黙っていてくれた。みんなお前のこと好きなんだよ」

 アゲダママルは席から降りると、衣素に近づいた。衣素は彼を両手で持ち、抱きしめる。

 アゲダママルが泣く声だけが、部屋に響いていた。

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