第三十八食 ケンカした後は頼みづらい

「衣素。本当にごめん……。私の不注意で……」

 掌が植瑠暖ウェルダンの医務室で目を覚ますと、廊下で清水が衣素と話している声が聞こえた。漆箸と初めて接触した夜と同様、衣素が携帯から緊急事態を知らせ、二人は辛くも糖ド本部に辿り着いた。

「過ぎたことだし。べつにいいよ。俺だって、いつかは話さなきゃならないと思ってたしさ」

「本人はもう、あんたに聞くつもりみたいで……」

「わかった。誤魔化してもしょうがないし、聞かれたらちゃんと話すよ。あんまり気にすんな……」


「なあ、頼むよー。お前、そういうのつくるの得意だろ?」

「ええー。なんで僕が? 面倒だよ」

 夜が明け、衣素と掌は、研究部のラボに足を運んだ。衣素がムツノスケに迫る。

「このままだと俺たち死んじゃうかもしれないんだぞ! いいのか? お前の怠慢たいまんが人を死に陥れてもいいのか?」


 ――極端だな。


「まあ、切羽詰まってるみたいだし。僕の日々の成果を見せつけるいい機会には――」

「こうなったら、また、あの研修の日のことを思い出させてやるしかないようだな」

「なんでだよ! 話聞いてやるって流れだったろ!」

 衣素と掌は、蓮華の持つ未知の属繊――その出力形態<調合>について話した。彼女が複数の属膳を操ることやかつての印象と異なってしまったことなど、目にしたものを次々に伝える。

「ああ……。僕はよくわからないな――」

「何で!」

「わからないものは仕方ないだろ! 研究部員が何もかもに詳しいと思うなよ!」

 ムツノスケは呼吸を整え、再び話し始めた。

「希少属繊のこととか、そういうことに詳しい人に協力してほしい。そうじゃなきゃ開発できないよ。誰かいないの?」

「まあ……。いないわけじゃ……」

 衣素が口ごもる。

「誰か思い当たるの? じゃあ、その人に頼んでみてよ。話まとまったら、また僕に連絡して」

「ああ……」

 衣素は浮かない顔をしていた。


 医務室に戻ってくると、清水とアゲダママルがいた。アゲダママルは床に敷かれたマットの上で丸くなっている。どこか元気がなさそうに見えた。

「清水――」

 衣素がムツノスケとのやりとりを話す。

「だから、誰か詳しい人を探すように言われたんだけど、お前、何か知らない?」

「私は膳繊手の体調管理とか怪我の手当てが主で、属繊の手術とかは詳しくないから」

「そうか……」

「そういうことだったら、焙油あぶらのほうが詳しいでしょ?」

「あいつは最終手段なんだよ」

「わかるけどさ……」

 衣素は頭を抱える。彼がその人物と関わり合いたくないのだということは、掌も察した。

「まあ、考えてても仕方ないか! よし!」

 衣素が顔を上げる。

「とりあえず、帰ろう! もう、今日は一日ゆっくりする! うまいもん食って」

「そのまま決断を先延ばしにするわけじゃないだろうな?」

「何てこと言うんだ掌。お前も帰るぞ。アゲも帰ろう」

 アゲダママルは聞こえるか聞こえないかの声で返事をした。そして体を起こすと、もじもじしながら清水を見る。

「清水先生、アゲは聞くからね……」

「うん。アゲの好きにして」

 清水は彼の頭を撫でる。寂しそうな表情を浮かべた。

「衣素……」

 アゲダママルが衣素に声をかける。

「アゲってさ……。双子だったの?」

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