第三十七食 パステルカラーって、昔よく意味わからなかった

「蓮華は複数種類の喚食属膳をつくり出せる稀有な存在だった。町で彼女を見かけた喚食判定師から報告を受け、私は接触した。しかし、幸か不幸か、彼女には属繊がなかった。だから彼女に提案を持ちかけた。我々に協力すれば、属繊変形師のもとへ案内すると」

 属繊変形師は、元々の属繊を変化させる施術をする医師のようなものらしい。ただ、属繊のない者に対して新たに属繊を刻み込むことができる者がいるとは、聞いたことがない。

「お前、『膳繊手は不幸だ』とか言ってたじゃねえか! この子を不幸にしていいのかよ?」

 衣素が漆箸に問う。

「彼女自身が膳繊流を欲した。それならば、私が止める理由はない。彼女に施術した変形師の腕は確かだったが、元々属繊を持たぬ者に属繊を刻み込む――」

 漆箸は目を閉じ、同情するような表情を浮かべた。

「その代償は大きく、彼女の人格は以前とは異なってしまった。まるで別人のように」

 掌はその言葉を聞き、他人事とは思えなくなった。


 ――もしかすると、俺はあの時から……。

 

「そもそも、そこまでしてこの子が膳繊流を使いたいと思う理由ってなんだよ?」

 衣素が追撃する。

「お前たちは何もわからないようだな。私が蓮華に近づいた時、彼女は疲弊ひへい――」

 その時、漆箸に例の属膳が降り注いだ。

「う……」

 漆箸はその場に倒れ込む。

「もういいよ、鬱陶しい。話がなげえって、さっきも言ったよな?」

 蓮華はオレンジを食べ、何かを飲んでいる。喚食だろうか。

「掌、今がチャンスだ!」

 衣素が言い終わる前に、掌はつまようじを片手に立ち向かう。衣素も蓮華に向かって走っていく。

 その時、彼女の前方百八十度に盾のような属膳が出現した。淡いピンク色をしている。

 衣素と掌は後方に弾き飛ばされた。

「しまった!」

「お前らもぐだぐだうるせえ。もう一度、食らわせてやるよ――」

 淡い茶色の属膳がまたもや放たれ、今度は二人とも、まともに食らってしまった。

「ああ……」

 衣素が叫ぶ声が聞こえる。掌にも、先ほどと同じ苦しみが広がってきた。

「大したことねえな! 漆箸もこんな奴らに何で手こずってんのかねえ? 全く情け無――」

 遠のく意識の中、蓮華の倒れ込む様子が微かに見えた。

「何でだよ……私は……」

「馬鹿者……君の体はまだ……」

 漆箸が地を這い、蓮華に何か言っている……。



「掌……掌、しっかりしろ!」

 衣素の言葉に目を覚ます。今日は何度も彼に起こされる。朝は清水に追い込まれ、夜はトラウマを呼び起こされ、散々な一日だった。

「あれ……。あいつらは?」

「駄目だ。逃げられた。いや、逃がしてもらったってほうが正しいかもな……」

 衣素の不安そうな表情に、掌も心細くなった。衣素が弱気になるのは珍しい。

「漆箸は蓮華ちゃんを連れていったと思う。あの子、様子おかしかったから。制御しきれてないんだろ、自分の力……」

 裏を返せば、彼女が万全の状態であったら、自分たちに勝ち目はなかったかもしれないということだ。

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