第三十六食 「こんなところにこんなものあったっけ?」って思ったとき、「前からずっとあったよ」って言われると怖い

 気がつくと、衣素がそばにいた。

「掌、大丈夫か?」

「あれ……。俺……」

 目が霞む。

「大丈夫。ちょっと気失ってただけだ」

 息苦しさを覚え、足掻くうちに気を失ったのか。長い時間が経ったように思えたが、それほど時間は経過していないようだ。

「話なげえよ、クソ野郎ども」

 先ほど入口でローブを渡してきた女性の声だ。少しずつ元に戻ってきた視界に、その人物が映る。掌より少し若いであろう歳の女の子だった。


 ――この子、どこかで……。


 掌が記憶を辿っていると衣素が言った。

「お前、覚えてるか? この子、お前が最初に衣素食道うちに来た日に助けた子だよ」

 驚いたが、声にならなかった。

 道でひったくりに遭っていたところを救ったのを覚えている。名前は明里あかり蓮華れんげだったか。

「蓮華ちゃんだっけ……」

「は? そうだけど、馴れ馴れしく呼んでんじゃねえ」

「君、こいつらと知り合いだったのか?」

 漆箸は彼女と自分たちとの関係性を知らないようだ。

「知らねえよ。こいつら誰?」

「お前、あの時のこと覚えてないわけないだろ。俺たちの顔忘れたとしても、道で襲われたの忘れられるとか、そんなことあるのか?」

 第一、あの時の彼女と様子がまるで違う。別人だ。以前は気が弱そうで、大人しい印象を受けた。芝居をしていたのだろうか。

 彼女はポケットから唐辛子とオレンジを取り出すと、口に放り込み、飲み込んだ。

「マズ……」

 食べ合わせが悪いのか、感情を顔に出す。

「蓮華、なぜここに来た? 待機するよう言っていたはずだ」

「お留守番するためにこんなもん彫り込んだんじゃねえんだよ!」

 彼女がこちらに向かい、左手の手のひらを向ける。

「あ!」

 勾玉まがたまのような形の属繊が中央に堂々と刻まれている。

 衣素が掌を抱え、揚属膳を使って身をかわす。

「危ねえ!」

 二人がいた所には、先の淡い茶色の霧が漂っている。

「まさか、あれ属膳?」

「あんなの見たことねえぞ」

「そりゃそうだろうよ。これは私がつくりあげた属膳なんだからな!」

「つくりあげた?」

「私の手に刻まれた属繊は、勾玉属繊。その出力形態は<調合ちょうごう>。体内で生成した属膳を練り合わせ、新たな属膳として放出する!」

「バカな!」

 蓮華は掌を見る。

「さっきお前に浴びせたのは、刺属膳しぞくぜん柑属膳かんぞくぜんを合わせた属膳――」

 刺属膳は朝方も使う灰色の属膳。喚食は刺激の強い食べ物で、効果は【芳香ほうこう】。

 柑属膳はオレンジ色の属膳。喚食は柑橘系の食べ物だったはず。効果は【清涼せいりょう】。

 【芳香】はよい香りを放ち、【清涼】は柑属膳を塗り込むと眠気がなくなるというだけであり、どちらも決して戦闘向きではないはず。

「触れた膳繊手の膳繊解放時の苦痛をもう一度蘇らせる!」

 二つの属膳が合わさり、新たな属膳となったことで、一気に攻撃的な性質を帯びたということだろうか。

「ちょっと待て。そんな属繊、以前の君にあったか?」

 掌は疑問をぶつけた。あれだけ大きければ、見逃すとは思えない。

「お前が知るはずはない」

 漆箸が口を開く。

「彼女は自身の意志で、その手に属繊を刻んだのだからな」

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