第三十五食 全く関係のない場所で、顔見知りが四人も五人も集まることってあるのだろうか

「漆箸!」

 衣素も驚いているようだ。

「何でお前がここに?」

 衣素と掌はサッと立ち上がる。

「まさか、お前も占いに興味あるのか?」

「そんなわけあるか! 『なんか考えがあって潜んでる』って考えたほうが自然だろ!」

「そのとおり…」

 漆箸は静かな口調で話す。それがこの男の恐ろしさを増幅させているようだった。

「お前たち植瑠暖ウェルダンの膳繊手か?」

 この男、植瑠暖ウェルダンを知っている。

「否定しないということは、そう判断してよいのだな」

「え、全然違いますよ」

 衣素が下手な芝居をする。

「まあ、どちらでもよい。お前たちには植瑠暖ウェルダンのことを洗いざらい話してもらう」

「えー、何も知らないのに?」

「痛めつければわかることだ」

「どうしてそこまでして植瑠暖ウェルダンを?」

「知られたところで差し支えるわけではない。私は篇鋼丁ベンコッティの膳繊手だ」

「な……」

 篇鋼丁ベンコッティは膳繊流を用いて悪事をはたらく組織。掌を誘拐した寿司屋の大将が、彼を引き渡そうとしていたのは、他でもない篇鋼丁ベンコッティだった。

「私の目的は、全ての膳繊手の殲滅だ。膳繊手を主に構築されている組織は、その全てが私の攻撃対象となる」

「お前も膳繊手だろ。お前の言ってることは、自分の組織も滅ぼすってことじゃねえのかよ」

篇鋼丁ベンコッティなど、とうの昔に見限っているわ」

 漆箸の目に、信念のようなものを感じた。はったりではないのだろう。

「私は幼い頃、行く宛もなく彷徨っていたところを前団長に拾われた。元々篇鋼丁ベンコッティは、現在のように過激な組織ではなかった。それが変わったのは、私を拾った団長が、その席を現在の団長に奪われてからだ」

「それと俺たちがどう関係あるっていうんだよ」

 衣素の言葉を背後に受け流すかのように、漆箸は続ける。

「心無い膳繊手は、必ず膳繊流を悪用し、他人に危害を加える。自身に特別な力がないと気づかぬ膳繊手も、その者たちによってくだらないはかりごとに利用される。私はそのような場面を嫌というほど見てきた」

 確かに、掌もそのくだらない謀に利用されそうになった。 

「膳繊手として生まれた者は不幸だ。その負の連鎖は、私が止める。だが植瑠暖ウェルダンのようなまっとうな組織は、私の計画を必ず阻むだろう。そのためにお前たちの居場所を突き止める必要があった。お前たちは、あの日、私に奇襲を仕掛けたと思っているのだろうが、それは違う」

「どういうことだ?」

「私はかねてからあえて目立ち、あの日あの場所で取引を行うという情報を流しておいた。正義のために動く植瑠暖ウェルダンなら、私を捕まえるために現れると踏んで。そこにのこのことお前たちが現れたというわけだ」

 あの日、漆箸は自身が狙われていることがわかっていたのだ。

「そこで、俺たちを迎撃して植瑠暖ウェルダンについての情報を聞き出そうとしてたのか」

「しかし、お前に阻まれ失敗に終わった。実力は素直に認めよう」

 衣素は掌にピースサインを向ける。

「わかったよ。すごいよ。実際、俺、衣素さんのおかげで助かったし」

 漆箸が続ける。

「だが私は諦めなかった。再び植瑠暖ウェルダンの団員に接触するため、今度はこうして膳繊手が暗躍する場へ忍び込むことにした。案の定、植瑠暖ウェルダンはそれを嗅ぎつけ、団員が姿を現した。まさか、それがお前たちになるだろうとは思いもしなかったがな」

 漆箸は喚食であるツナを食べる。そして、左手の刀身属繊から、例の斧を取り出した。

 掌もそれにならうように、自身の五芒属繊から、つまようじを引き抜いた。衣素も身構えている。

「今度こそは、お前たちの持っている情報を吐いてもらうぞ!」

「食ったものを吐き出す趣味はないんでね!」

「行くぞ――」

 掌が踏み出そうとしたその時だった。

 衣素と漆箸が何かに気づいたのか、サッと身をかわした。掌はその流れに乗り遅れ、淡い茶色の霧のようなものが顔にかかった。

 次の瞬間、水の中に沈められているように息ができなくなった。


 ――この感じ、どこかで……。


 掌は思い出す。かつて大将に騙され、床を転げ回った時の苦痛――膳繊解放時の苦痛が、再び、自身の体に広がっている。

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