第四十二食 いい人同士が仲悪いこともある

「あんたも双子だったんかい!」

 数日前。衣素から、清水の言っていた『焙油あぶら』という人物の話を聞いた。

「『姉ちゃん』って言ってたから、年上かと思い込んでたわ」

「べつに、間違ってはないだろ」

「うん。間違ってはないけど……」

 宮浜沢焙油は、衣素の双子の姉。しかし、彼らは不仲なのだという。焙油の話をされた時、衣素の様子がおかしかったため、何かあるのだろうとは思っていたが、案の定だった。

 彼女も植瑠暖ウェルダン所属の膳繊手であるが、協調性に欠け、他の団員たちとの間に軋轢あつれきが生じることも珍しくないらしい。食堂部、救護部、研究部など、複数の部を掛け持ちしているような状態らしく、自分が興味のあることにしか関心がないために、しばしば周囲を混乱させるそうだ。

揚火宮あびきゅうって有名じゃん。食べ放題の。まさか衣素さんのお姉さんがやっていたとは」

「大したことはねえよ。親の人脈とか使って、たまたまうまくいっただけじゃねえか」

 衣素と焙油は、大きな会社を経営する親のもとに生まれたようで、子どもの頃からよい暮らしをしてきたそうだ。

「っていうか、食堂部でこんなっきな店やってる人もいるんだ。衣素食道うちとは似ても似つかないじゃん」

「それは言わないでくれ……」


「随分なご挨拶だな」

「私が挨拶なんて礼儀正しいことができるような人間じゃないって、あんたもよく知ってんでしょ?」

「ああ。こんなの挨拶じゃねえもんな」


 ――久々に会うのにこの感じか……。普通、姉弟ってもっと盛り上がるもんじゃないの? 久しぶりに会ったら。だいたい、会っていきなり弟にナイフ投げるって、頭おかしいのか? この人。


 衣素は赤いナイフを引き抜き、ポケットから出したハンカチで傷口を縛った。

 焙油の左手の中央には、三日月のような属繊――刀身属繊がある。刀身属繊の出力形態は破壊力を高める<槍突そうとつ>。どうりで衣素に出血させるほどの傷を負わせるわけだ。

「あんたも大変でしょ? こんな奴の下につかされて」

 突然こちらに視線が向いたので、掌は臆した。

「は、初めまして。植瑠暖ウェルダン食堂部の海堂掌です。衣素さんにはいつもお世話に――」

「大丈夫。そんなに怖がらなくても。私、衣素こいつ以外の人間には、意外と寛容だから」


 ――いや、こええだろ。


「そんなこと言って、お前今までどれだけの人間と揉めてきたんだよ。植瑠暖ウェルダンでお前のこと好きな奴なんているのか?」

「で、用件は――」

 焙油は衣素の反撃をあっさりとかわす。

「確か、あんたたちが大敗を喫した相手への報復のために、腕のいい属繊変形師である私に助力してほしいってことだったっけ?」

「ああ」

「断る!」

 焙油はその言葉で、飛び回る虫を叩き潰すかのように、キッパリと言った。

「べつに、お前に属繊変えてほしいって言ってるわけじゃねえ。開発品自体は研究部の奴につくってもらうから、そのためのアドバイスを――」

「甘い――」

 衣素は完全に押されていた。

「私だって、生まれてすぐ『はい、属繊変形師です』ってわけじゃない。そこに至るまで、あんたなんかに想像もつかない道のりを歩んだきたわけさ。自身の膳繊流の技術向上。他の膳繊手の研究、観察。それに会社の経営もしなくちゃならない。それをどうして、惰眠を貪って、あんなっさい食堂開くことしかできないあんたの言うこと聞かなきゃいけないわけ?」

 衣素はドアの方へ歩いていく。

「衣素さん?」

「嫌味言われるためにここに来たわけじゃねえ。焙油こいつが俺たちに協力するつもりがないなら、これ以上は時間の無駄だ」

「誰もあんたたちに協力しないなんて言ってないんだけど」


 ――『なんであんたたちの言うこと聞かなきゃいけないの?』みたいなこと、今さっき言ってなかったっけ?


「ただし――」

 焙油は鋭い眼差しを衣素に向ける。

「私との大食い勝負で勝ったらな」

 属膳で先手を打っておきながら、膳繊流での勝負を仕掛けてこないことは意外だった。

「現役引退したとはいえ、まだいけんだろ?」

 焙油が挑発する。

「観客びっしり入れて、配信もしてやるよ。お前の惨めな姿をたくさんの人に見てもらわなきゃな」

「いいだろう。相手してやるよ」

 衣素はきびすを返し、焙油に向かい合った。焙油は嬉しそうにニヤリとする。

「もしあんたが負けたそのときは――」

 彼女は衣素に容赦はしないはず。負けたときのリスクは大きいはずだ。

「あんたが連れてるあの犬、私がもらうよ」


 ――アゲって何でいつも誰かしらに狙われんの?

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