調合編

第三十三食 家族や友達の話で何回も出てくる人でも、結局顔見ることはあまりない

 植瑠暖ウェルダントウド本部。食堂のテーブルの一つに、衣素食道の三人と柄尾川えびかわ清水しみずの四人が腰掛ける。

「おっかないだろ? こいつ」

「いきなり失礼ね!」

 衣素が清水の方を見ながら掌に言うので、彼女は腹を立てたようだった。

 掌は、清水に戦闘の稽古をつけてもらっていた。彼女は膳繊手ではなく、救護部に所属しているため、戦闘とは無縁といっても過言ではない。しかし、膳繊流を用いない戦いでは、他の膳繊手顔負けの手腕を持つらしく、掌もその実力を肌で感じることになった。

 膳繊流に頼るだけでなく、基本的な格闘も行えるようにするべきだという衣素の意向で、ここに連れてこられたのである。

「属膳使っていいなら、もう少しだけまともに戦えたかもな……」

「万に一つ、その属膳が使えなくなったらどうすんだよ? そのときは素手で戦うしかないだろ?」

 弱気になる掌を衣素が叱咤する。

「まあ、それもそうだな。清水さん、ありがとうございました」

「うん。また練習したいときは言ってね。気の済むまで痛めつけてあげるから」

「やっぱ、この人おっかねえよ」

 季節は秋。十月も半ばになった。

「さてと――」

 衣素が置いてある雑誌を取ってきて開く。

「テノヒラって名前、変わってるよな」

 占いコーナーのページを眺めながら、衣素がつぶやいた。

「コロモって名前の人に言われたくないんですけど……」

「え? そう? 俺の家族は食べもの関連の名前多いよ。姉ちゃんもそうだし」

「そうなんだ」

「考えてみれば、朝方とかもそうか。くだんもそうだな」

「件? その名前、前も聞いたことあるような」

「俺の高校の時の友達。元々、俺と朝方は中学の同級生でさ。あいつが俺の属繊見て、『俺の手相と似てる』とか言って馴れ馴れしくしてきたんだよ」


 ――そんなこと言って、衣素さんのほうが、朝方さんに話しかけてそうだな……。脚色してない?


「それで、そのまま高校も同じになっちゃって。件とはそこで知り合いになったわけ。まあ、朝方は俺たちにつきまとってただけだったんだけどな」

 思い出した。初めて植瑠暖ウェルダンに運ばれた時、病室で衣素と朝方がそのことに関して揉めていた。

「件は料理人の親から色々教わってたみたいで、つくるもんみんなうまくてさ。健康的なものもよくつくってくれて。食べ盛りの男三人がいっぱい食っても、全然太らなくていいねって。今思えば、俺と朝方は膳繊手だったからっていうのもあったんだろうけど」

「衣素はカレーパンが好きだったんだよね?」

 アゲダママルが口を開く。

「そうそう。あの頃はよく、件がつくるカレーパンばっかり食ってたよ」

「え? でも、衣素さん今全然食べないじゃん、カレーパン。なんで?」

「ん? まあ、なんていうか。食い過ぎて嫌いになったのかな……。ああそうだ。件といえばさ、あいつ、名字『キゴウ』だし、それも変わってるんだよ」

 掌に衝撃が走った。

「奇妙の『奇』に、拷問の『拷』で『奇拷きごう』。珍しいよね」

「あんたも『宮浜沢みやはまさわ』でしょうが」

「いや、お前も柄尾川えびかわだろ……」

 衣素が席を立つ。

「俺、トイレ行ってくるね」

 衣素がいなくなり、三人になる。

「あいつ、あんま昔のこと話したがらないのに。掌君のこと信用してるんだね……。ん? どうかした?」

 清水が話しかけてくる。

「いや、別に。たくさん動いたし、ちょっとボーっとしちゃって」

 掌は話題を変えた。

「清水さんは、衣素さんたちと植瑠暖ウェルダンで知り合ったんですか?」

「私は大学の時に衣素と朝方君に会ったの。ちょっとトラブルに巻き込まれたことがあったんだけど、その時に助けてもらって」

「それからずっと衣素のこと好きなの?」

 アゲダママルが嬉しそうに清水に尋ねる。

「べつに、そんなんじゃないけど……。まあ、少なくとも同僚としては、嫌いではないというか。あー、でも、嫌なのかもしれない、逆に――」

 彼女はなにやら慌てている。

 衣素が帰ってくる。

「何の話?」

「えっとねー、あのね――」

 アゲダママルがニヤニヤしている。

「アゲ、あんまり人をからかうもんじゃないよ」

 掌が彼を落ち着かせる。

「べつに、あんたの話なんてしてないから」


 ――逆に怪しいだろ。なんでそんな言い方すんの?


「ああ、そうなんだ。俺の話してるんじゃなかったのか」


 ――なんでこの人は、みんなが自分の話してると思ってんの?


 衣素は開いていた雑誌に目をやる。

「占いかー。こういうのって、当たってるはずれてるって人それぞれだよなあ」

「それはそれぞれかもしれないけど、膳繊を悪用して無理矢理お金払わせてるんだったら、放っておけないでしょ」

「ああ。掌、これ昼間のうちに読み込んどけ。夜しか会えないみたいだしな」

「占い師相手に、占いのコーナーごときで太刀打ちできるの?」


 夜。アゲダママルは健康管理のための診断があるため、清水に任せた。衣素と掌は二人で出発することになった。

 何人もの人間に大金を注ぎ込ませている占い師がいるらしい。客は皆、これまで占いとは無縁で、むしろ遠ざけ、信じないものばかりだったそうだ。膳繊手の仕業かもしれないということで、衣素食道はその人物を調査するよう命じられていた。

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