第三十一食 家出はされても鍵は開けておけ
はっきりとしない意識の中、誰かの話し声が聞こえてくる。アゲダママルはここ数日の出来事を思い返した。
あの日、衣素に腹を立てて家を飛び出した。悔しさから道で泣いていたところ、声をかけてきたのが仔霞だった。
彼の計画を聞かされた時は戸惑ったが、迷った末に協力することに決めた。衣素の所にこのままいてよいものか、判断するよい機会になると思ったからである。さらに、自分が連れ去られることで、多少なりとも驚かせることができるなら、衣素にはよい薬になる。
しかし、彼を騙すようで後ろめたくなり、せめて何か言っておいたほうがよいと考えた末、闇堕ちなどという曖昧な表現に落ち着いてしまった。
衣素が実現してくれなかった夏の楽しみを仔霞は次々に叶えてくれた。自分を必要とする者が他にいるなら、このまま偵察部に所属するのも悪くないと思った。それなのに……。
仲間をぞんざいにする仔霞。遠方まで追ってきても――厳密には連れてこられたのかもしれないが――無愛想な自分を身を
――土産は何にしようか。
このリゾート地でくつろぐ中、そんなことを考えた瞬間があった。自分にはもう……。
そこでアゲダママルは頬をペチペチと叩かれ、目を覚ました。
「これで場外。あなたの負けです」
砂嵐がようやく収まると、掌の耳に仔霞の得意げな声が届く。
「アゲー!」
掌は観客席をうろうろしながら、伸びている隊員たちの制服の裏や座席の下などを掻き分けていた。
「あなたも随分と手荒なマネをしますね。彼があなたに加勢しないとわかるやいなや、強引に喚食を口にさせ
「あの時?」
衣素の声が聞こえる。
「彼の監督者を選定していたあの時、私も候補者の一人として名乗りを上げていたのですよ。しかし、どういうわけか
衣素を責め立てるように仔霞は続けた。
「種属膳に双方属繊。この二つだけならありふれたものです。しかし、さすが
「言いたい放題だな。お前は当たりの球さえ出せば、いいもんが手に入ると思ってるだけだろ」
「はい?」
「使い勝手が悪ければ、『不良品だ』っつって処分する。散々雑な使い方した後にな」
「私はメーカーも予想しないような活用法を見いだせますよ」
「ハズレの球しか出したことがねえから、そんなことが言えんだよ。お前が思ってるより、最新家電は手入れしねえと、繊細ですぐ壊れる。前に並んでる奴が特賞出すのを、指咥えて見てることしかできないお前は幸せなほうだと思うけどな」
掌は衣素の話す声を背に、なおも観客席を漁っていた。
「まあ、俺は自分の手で回して出てきた球なら、それが何色だろうが、当たったもんは大事にしてみせるけどな」
脇目に衣素や仔霞、鬼の様子が入った。
「お前みたいに杭に縛りつけて、飼い主の顔色伺えないような奴は容赦なく締め出すよりも、家出させたって鍵開けて待っててやるほうが、よっぽどたくましく育つってもんさ――」
衣素は右足を後ろに引く。
「まだ足掻きますか――」
勢いをつけ、揚属膳のついた靴を飛ばした。靴は鬼に向かっていく。
飛んできた靴を打ち返さんと、鬼が手を振り上げた。
「お返ししま――」
「食らいな!
衣素が蹴り飛ばした靴から、アゲダママルが飛び出した。
「この家、暗いし臭いし、最悪!」
「何!」
仔霞がわかりやすく動揺した。
その瞬間、鬼がわずかによろめき、白属膳が薄くなったのが見えた。
――思ったとおりだ。
自身の見立ては間違っていなかったのだと、掌は確信した。
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