第三十食 場外からの干渉は厳禁。場内での行動は自由

「この白属膳、なんでこんな……」

「やっといい表情を見せてくれましたね」

 動揺する衣素を仔霞は満足そうに眺めた。

「まさか、隊員こいつらを犠牲に――」

「察しがよくて助かります。私の波紋属繊で出力した白属膳は、周囲の者の意識を取り込んで力を増します。白属膳の使用者にしか効果がないのが玉にきずですがね」

 鬼がもう一度腕を振り上げ、衣素に向かって叩き落とす。衣素は右足の揚属膳を使い、辛くも逃れた。

「ご安心ください。彼らも意識を取り込まれるのは慣れていますから」

「連結獣って、生み出しても膳繊手本体の意識は保ったままだろ。これって、あいつらに負担がある状態なんじゃねえの?」

「そんなこと、赤の他人のあなたが気にするようなことではないでしょう? 仮に彼らの精神が壊れようと、私には何の不利益もありませんが」

 掌も周囲に転がる隊員たちの様子を見て、この状況がよくないものと直感していた。口を開き、白目を剥いて倒れている。仔霞の言葉を鵜呑みにするには、あまりにも衝撃的な光景だった。

 衣素に加勢するため、掌は客席を乗り越えようとした。

「おっと、お静かにお願いしますよ。試合はまだ終わっていない。対戦者以外が立ち入るのはマナー違反というものです」

 仔霞が意地悪く言う。

「本体が気を失ったとはいえ、彼らの意識はここにある。彼らもこの場の様子は認識しているんです。あなたのつまらない動きでそちらが失格となれば、私にとっては好都合。しかし、彼らを納得させるには、この場で私があなた方を上回るところを示すしかないんです」

「そんなこと言って、俺たちを痛めつけたいだけのくせによお」

 衣素の皮肉を味わうかのように、仔霞の口角が上がる。

「アゲ、手伝え!」

 衣素がアゲダママルに叫ぶ。アゲダママルは衣素の方に目をやった。

「んー」

 彼もこの状況がまずいことはわかっているはずだ。しかし、衣素のもとを飛び出した手前、意地になっているのかもどかしそうに足踏みをした。

「こいつは部下を自分の手足くらいにしか考えちゃいねえ。いや、もっとタチが悪いかもな。お前のことだってそうだ。なんだかんだうまいこと言って――」

 衣素の説得の合間にも、鬼の攻撃は続く。衣素はアゲダママルの方へ近づくと、彼を引っつかんだ。

「離して!」

 衣素は、アゲダママルが背負っている小型のバッグから、喚食ケースを取り出す。アゲダママルを腕でがっちりと挟み、喚食のパイナップルを無理矢理彼の口に押し込む。アゲダママルはじたばたしながら抵抗した。

「ちょっと、衣素さん! 何やってんだよ!」

場内ここから出たら俺の負けなんだろ? じゃあ、この中にあるもんで戦うしかねえじゃねえか! 行ってこい!」

 衣素は鬼の顔のあたりを目掛けて、アゲダママルを投げつけた。

 アゲダママルが慌てて手をかざし、種属膳を放出するのが見える。キラキラとした種属膳が鬼の頭部を包んだ。

 アゲダママルの種属膳は、双方属繊の<変質>で、効果が【解毒】に変化して出力されている。これで鬼の首を取れるはずだ。

 しかし、期待は虚しく、白い鬼は何事もなかったかのように構えていた。

「どうやら、買い被っていたようですねえ」

 仔霞の声が聞こえる。

「まあ、宮浜沢さんが彼を利用することくらいは予想していましたが、彼は私の連結獣れんけつじゅうを上回る力を持ち合わせてはいなかったようだ」


 ――果たして、あの連結獣を黙らせる方法があるのだろうか?


 場外にいる掌さえ弱気になった。

 仔霞がつくり出した鬼は、他人の意識を混合させることで白属膳の攻撃力の弱さを改善し、耐久力までも上昇させている。

 掌は白属膳について、植瑠暖ウェルダンで習ったことをもう一度思い返した。

 白属膳――連結獣をつくりだし、意識を――。使用者の精神――自身の心の――。


 ――それならば……。


「あなたに見込みがないことはわかりました。私も主の手を煩わせるような飼い犬に、いつまでも餌を与え続けるほどお人よしではありません――」

 鬼の右腕が自身の左肩の方向に向かう。鬼の腕が扇のように横に振られると、手の甲がアゲダママルを狙った。

「アゲ――」

 衣素が片足を使ってアゲダママルに向かって移動し、手を伸ばす。

 次の瞬間、衣素は鬼の攻撃を受け、掌の目の前――観客席の壁の前に激突した。アゲダママルは掌の頭上を通り過ぎ、客席の後方に飛ばされた。鬼が起こした強風で砂が舞い上がる。

 悪化する視界の中、掌は観客席から身を乗り出す。衣素に届くと信じて、真下に向かって、要点だけを簡潔に伝えた。

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