第二十八食 知らず知らず張られているのが罠

「アゲ! お前、そんなとこで何やってんだ!」

 衣素の言葉に反応し、アゲダママルはゆっくりと顔をこちらに向ける。しばらく静止した後、目を大きな耳で覆うようにして元に戻った。

「なんでも、楽しみにしていたバカンスがなくなってしまったというので、それならぜひ、こちらでの休暇を楽しんでいただこうかと思いまして」

「制裁の対象にか?」

 そこで衣素が鼻で笑った。

「何か?」

「おい、俺が気づかねえとでも思ってんのか? お前らは、最初から俺たちをここに連れてくるつもりであそこにいたんだよな? お前らが出てくるタイミングは偶然にしちゃ、よくできてた」

 仔霞は表情一つ変えない。

「それに、あのくらいの膳繊の使用なら問題はないはずだ。人前とはいえ、他人に危害を加えたわけでも、騒ぎになったわけでもない」

「そうなの?」

 掌は驚く。これだけ大掛かりな仕掛けをしてくるのだから、偵察部は膳繊の使用に対してどこまでも口うるさいのだと思っていた。

「ああ。何か罰があったとしても、注意されるくらいのもんだ。お前らは俺たちに言いがかりつけられれば何でもよかったんだよな?」

「でも、そんな都合よく、俺たちが街中で属膳使うとは限らないじゃん」

 掌が言うと、衣素が人差し指を車のワイパーのように動かした。お前もまだまだと言いたいのだろう。

「起きないなら起こせばいい」

「え?」

「こいつらの算段をお前は最初から知ってたんだろ? アゲ」

「ギクッ」

 アゲダママルは衣素に背を向けたまま、露骨に反応した。お手本のような驚き方だったので、かわいらしく見えた。

 対照的に仔霞は平然としていた。衣素が気づくことも想定していたのかもしれない。

「アゲ、お前はあの時、まだ体内に属膳が残っていたはずだ。俺たちと違ってすぐに抵抗できただろう? でも、それをしなかった。それは、お前も最初からここに来るつもりだったからじゃないのか?」

 衣素の言葉をはね除けるように仔霞が口を開いた。

「そこまで仰るなら、我々の行き過ぎた行動のお詫びとして、私があなたを監督者として十分だと判断したときは、隊長の座をお譲りしますよ」

「随分と余裕だな。そんな条件出して大丈夫なのか?」

「構いませんよ。これだけ多くの者の前で大敗を喫すれば、どのみち私に居場所はありませんから。あなたを闇討ちしてもよかったのですが、それでは他の隊員に示しがつかない。そんなやり方であなたから彼を奪っても、誰も納得しないでしょう。だからこそ、こうしてわざわざ華々しい舞台を用意したんです」

 仔霞が衣素と掌に向かって何かを投げた。二人はそれぞれキャッチする。

 手を開いて見ると、それは喚食ケースだった。

「あなた方の喚食ケースです。目を覚ましてから暴れられては困るので、一応没収しておきました。ご安心ください。細工などはしておりません。預かった時のままですので。さてと、お喋りはここまでにして、早速始めましょう。形式は一対一。相手を戦闘続行不可能にさせるか、場外に出したほうの勝利となります。さあ、どちらが最初に相手をしてくださるのですか?」

「俺から行く」

 掌が前に出る。得体の知れない相手と戦うなら、経験の豊富な衣素のほうが適しているはずだ。奴の手のうちをできるだけ引っ張り出し、衣素に繋げる。

 何よりこの男の人を馬鹿にしたような態度が気に入らない。

「掌、あんま乗せられるなよ」

 衣素はステージの下に降りた。

「わかってるよ!」

 高揚し、思わずぶっきらぼうな言い方をしてしまった。

「アゲが審判やるね」

 アゲダママルは台から飛び降りると、真っ白なステージの端――向かい合った掌と仔霞の中央あたりに移動した。

 掌はどう戦うかを考えていた。仔霞は偵察部所属。やはり、彼は偵察部に多くの割合を占める白属膳の使用者だろうか。

 白属膳――連結獣をつくりだし、意識を溶け込ませることができる。それゆえに、使用者の精神状態が属膳の状態に反映される。複数の連結獣を生み出せる者もいるが、数を増やすほどに集中力や精神力を必要とするため、扱いが難しい。属膳の扱いだけでなく、自身の心のコントロールが要求される。

 掌は喚食ケースからサーモンを取り出し、咀嚼そしゃくした。

「それじゃあ、第一試合――仔霞隊長対掌君――」

 アゲダママルが声を張り上げる。

「試合開始!」

 その瞬間、仔霞が目を閉じた。

「あなた程度なら、目をつぶっていても倒せますよ。実戦経験の量という点では、アゲダママルさんよりもあなたのほうが幼いでしょうからね」

 掌は警戒した。奴は喚食を口にすることさえしない。このまま向こうへ走り、爪楊枝で攻撃すれば大きなアドバンテージを得られるだろう。しかし、仔霞が何か仕掛けているのは明白だ。

 時間は流れていく。観客たちもじっと二人の様子を見守っていた。

 掌は痺れを切らして飛び出した。

 その時、掌の動きが止まった。体が太く白い縄のようなもので縛られている。そのまま後方に飛ばされた掌は、場外――ステージ下へと落下した。

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