第二十七食 歓迎の形はそれぞれ

「……おい。起きろ! 掌!」

 自分を呼ぶ声に目を覚ます。体が跳ね上がった。薄暗い空間の中、衣素の姿が目に映った。

「大丈夫か?」

「ああ……」

 曖昧な返事をする。偵察部の面々に襲われた記憶が蘇ってきた。大事というわけではないが、体が少し痛い。掌は四捨五入して返答した。

「うん」

「それなら、とりあえずよかった」

「衣素さん。こんなとこで何やって――アゲは?」

 アゲダママルが連れ去られたことを思い出す。

「わかんねえ。ここがどこかもわかんねえ」

 見渡すとそこはエレベーター二、三個分の広さの長方形をした部屋だった。部屋といっても、あるのは、長辺の一つに備えつけられたドアと天井のあたりに設置されたカメラくらいだ。

「まあ、まずはここだよな――」

 衣素は立ち上がり、吸い込まれるようにドアに向かう。ノブをひねるが、押しても引いても、やはりという結果だった。

「閉じ込められたな」

 衣素は反対側の壁に背をつけて座り込んだ。

 しばらくの沈黙の後、掌は耐えきれなくなり、口を開いた。

「ねえ。あの人たちが偵察部だよね?」

「ああ」

「アゲ、大丈夫かな?」

「わかんねえ」

「酷い目に遭ってないといいけど……」

 衣素はうつむいている。掌の言葉に反応はしているが、心は別の所にあるようだった。衣素のアゲダママルに対する日々の態度を見れば、気をまないはずはない。

 掌はそれ以上話すのをやめた。口で扉が開くなら苦労しない。いたずらに不安を煽るだけだ。

「多分、アゲは――」

 衣素が何か言おうとしたその時、ガクンという音がして部屋全体が揺れた。

 二人を乗せた部屋の床が少しずつ上昇していく。天井が開くと日が差し込んできた。思わず手で顔を覆う。

 目を開けると、二人は一面真っ白な円形のステージの一端にいた。ステージの周囲では白い制服を着た人々――おそらく偵察部の隊員たち――が、歓声のようなものを上げていた。

「どこだ、ここ?」

 戸惑っていると、ステージ下の階段から白い制服を纏った坊主の男が現れた。衣素よりは少し上の世代だろうか。ニヤリとして話しかけてきた。

「ようこそ、お越しくださいました。宮浜沢衣素さん、海堂掌さん」

 言葉こそ丁寧だが、嫌な感じがした。

「申し遅れました。私、植瑠暖ウェルダン偵察部第三隊隊長――仔霞こがすみいぶりと申します。こちらは糖ドから離れた都市――セ伊酢イズにある我々のリゾート地です」

 セ伊酢は、糖ドの南西方向に位置する。海に面しているため、観光目的で訪れる者は少なくない。

「先のアゲダママルさんの市街での属膳使用に関して、宮浜沢さん、彼の監督者であるあなたへの指導を行う必要があったのですが、我々はこちらにて休暇中でしたので、こうしてご招待したわけです」

 指導などと控えめな言い方をしているが、このステージや観客を見るに、戦闘を強いられるのは間違いないだろう。

「それならあんな風に無理矢理眠らせたりしなくたって、プライベートジェットでも用意してくれたら、ぐっすり眠ってやったのに」

 仔霞は衣素の嫌味を無視した。

「しかし、我々も鬼ではありません。あなたが彼を繋ぎ止めるに相応しい存在だとわかれば、今回の件は不問としましょう。ただし――」

 仔霞はもったいつけるように続ける。

「彼を飼う資質がないと判断したその時は、アゲダママルさんはこちらに引き渡していただきます」

「は? 何勝手なこと言ってんだよ!」

「勝手なのはどちらでしょうか? あなたが彼を十分に教育していれば、わざわざこんな所にまであなた方をお呼び出てする必要はなかったんです。ささやかな休暇を潰される者の身になることも、人として大切なことなのでは?」

 舌打ちをする衣素。

「あなたの実力を見せていただければいいんです。そこの彼も一緒にどうぞ。私にとってはハンデの一つにもなり得ませんからね」

 掌は完全に舐められている。頭数にも入れてもらえないようだ。

「そうそう。当然この方に、我々の行く末を見届けていただかなくてはなりませんね――」

 仔霞が言うと、彼の立っている近くの床が開いた。

いたっ!」

 その時、開いた床の方からアゲダママルの声が聞こえた。

いたたたた! やめてえ!」

「アゲ!」

 衣素が心配そうに見つめる。

「おい! アゲに何してんだ!」

「せっかくこうして遠方からお越しいただいたんだ。おもてなしの一つでもしなければ、こちらが処罰の対象になりかねませんのでね――」

 衣素たちと同じ要領でステージの下から床が上がってくる。手術台のようなものにうつ伏せに横たわった獣が見えた。

 偵察部の隊員が何人か、彼を取り囲んでいる。

「お前らな――」

「ああ、その辺、その辺……。そうそう、そこそこ」

 アゲダママルの気分のよさそうな声に、よく目を凝らす。

「え……」

 一人はうちわで彼をあおぎ、一人はストローで飲み物を飲ませ、一人は彼の背中に指を押し込み、マッサージをしていた。

「落ち着いてください。申し上げたはずです。精一杯のおもてなしをしていると」

「お前ら寄ってたかって何してんだよ!」

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