第二十六食 見られてマズいことはしないに限る

「何だって!」

 耳を疑ったであろう衣素が聞き返した。

「だから、闇堕ちするの!」

 アゲダママルが力いっぱい叫ぶ。

「闇堕ち?」

「そう。悪い子になる!」

「闇堕ちする奴って、自分で『闇堕ちする』って言うか?」

 衣素は掌のほうを見てきたが、そんなことを言われても、彼を含め、彼の周りに闇堕ち経験者がいなかったのでわからなかった。

 アゲダママルは自分の部屋に行ってしまった。

「こら! アゲ! 外から帰ったらまず、手を洗いなさい!」

「闇堕ちのことはいいのか!」

「どうせねて、あんなこと言ってるだけだろ。ほっとけばそのうち元に戻るさ」

 アゲダママルは部屋の扉から出てくる。そのまま小走りで洗面所に向かうと、流れ出る水の音とガラガラと喉を洗う音が聞こえてきた。

 

 ――いい子じゃん……。

 

 それからアゲダママルは衣素と口を聞かず、彼に用がある時は、掌を介して話をしていた。

 

 数日後、三人は商店街のくじに参加することになった。衣素が偶然、一等の旅行券――奇跡的にペットも宿泊可能だった――を見つけた時は、大はしゃぎだった。可能性は極めて低いはずなのに、嬉々としてチラシを掌とアゲダママルに見せる様は滑稽こっけいだった。アゲダママルは不機嫌そうにしていた。

 金が出れば一等。

 チャンスは一度きり。衣素が抽選ボックスのハンドルをガラガラと回す。

 球が弾き出されたその時、アゲダママルが足元からサッと飛び出してきた。彼が右手をかざすと、吐き出された球は金に輝いて見えた。

「こら! アゲ!」

 衣素がアゲダママルをつかみ、軽く叩く。アゲダママルは不満そうにしていた。

 吐かれた球は白色。同じ色のちり紙をもらい、三人はその場を去った。


 人気のない通りに入ったところで、衣素が口を開いた。

「アゲ、ああいうことしたらダメだって前から言ってるだろ? あんまり人がいなかったとはいえ、人前で属膳使うなんて。特に、緊急時でもないこんな時に、自分の都合で使うなんて」

 アゲダママルは何も言わず、そっぽを向いていた。彼は自身の特異な種属膳を使い、一等の金色の球が出たかのように錯覚させようとしていたのだ。

 植瑠暖ウェルダンの規則で、むやみに膳繊を使うことは禁止されていると、掌も座学の際に聞いていた。相手が膳繊手である場合や緊急事態の場合しか使用してはならないというルールがあるらしい。

「お前の言う『悪い子』ってのはこういうことなのか? 旅行に行けなかったことは俺が悪いけど、だからって何をしてもいいわけじゃないからな」

 衣素がここまで怒るのは意外だった。

「だいたい万に一つ、偵察部の奴にでも見られてみろ。どんな目に遭うか――」

「どんな目に遭うんだろうな?」

 どこからか聞き馴染みのない声が聞こえると、いつの間にか、白い制服に身を包んだ者たちや真っ白な鳥や獣に囲まれていた。

 三人を取り囲んだのは、植瑠暖ウェルダンの偵察部の隊員と、彼らが白属膳でつくった獣――連結獣れんけつじゅうだろう。

 わしの連結獣がまっすぐこちらに向かってくる。狙いはアゲダママルだった。

 アゲダママルはパッと地面を蹴って飛び立つと、鷲に飛び込んでいった。

 鷲は彼を閉じ込めるように羽を折りたたむ。アゲダママルは身動きがとれなくなった。

 掌は喚食であるサーモンを取り出し、口に入れようとする。しかし、背後から接近してきたであろう偵察部の隊員に手を弾かれてしまった。サーモンが宙を舞うのが視界に入り、衣素が抵抗する声が聞こえた。

 バチバチという音とともに体に衝撃が走ると、力が一気に抜けた……。

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